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情に訴えるだけなら子供でもできる。真理を問うだけなら学者でもできる。今回俺が作成したレポートは、そのどちらでもあり、どちらでもないことだ。

「実際貴様たちがノアを打っていることは分かった。ノアのリスクもリターンも構造もこれで理解出来た。」

「その通りです。」

「貴様はこの上で、何を主張したい。」

「フルードはもうそこまで迫っている。事の重要性は最大を極めます。今貴様らがしているこの投票を批判したいわけじゃないが、こんなことをする時間は普通は無い。」

「ほう。つまり、我々がしているこの審議の時間は不要だと。」

額に少々の青筋が浮かんで見える。協力者たちは俺に余計なことを言うなという視線を送っているように見えるが、無視して進める。

「我々が本当に必要なのは協力者です。敵対者でもなければ中立者でもない。貴様たちが我々にとって必要でなければ、こうしてこれらの書類を貴様たちに晒すこともございません。

繰り返すが事は一刻を争う。1日でも1秒でも早く希望者らにノアを接種させ、文字通り安全な航路に舵を切らなければならない。その舵を握っているのは我々ノア計画の参画者ではない。公安機関員の貴様たちだ。ゴーサインを出して頂ければ、私はすぐにでも船長に取り次ぐことができます。」

「だから、貴様らがテロリストの可能性も…。」

「だから、貴様らは事の重要性を知らないって言っているだろうが。」

俺は一瞬、感情にまかせて机を叩いてしまう。いけない。これではせっかくの理論武装がなくなってしまう。

「…失礼しました。」

「我々も当惑している。怒ってもいる。貴様だけではない、故にそう貴様だけ感情的になるものじゃない。」

「とにかく、私が言いたいことは、そのカルテとレポートを通して、我々がただのごっこ遊びでヒーローを気取っているわけではないと言いたいのです。全員ちゃんと目を通して頂けましたでしょうか。ガルネン氏は違いますが、我々は公安である以上、ボディガードを果たさねばなりません。当然のことです。今がまさに登竜門です。私からの主張は以上です。」

全員の主張の末、投票者たちは一斉に議論を始める。主に俺のレポートをもとにその理論と考察を展開していく。あーでもない、こーでもないを繰り返していて、平行線だ。

やはりこの時間はとても歯痒い。1度感情を包んでいた上辺の皮が剥けてしまえば果実のように元に戻すことはできない。心は少々昂ったままだ。元々無駄な時間だと思っていたのだ。

「さあ、全員の意向が決まった。」

さっきまで執り仕切っていた人がまた口を開いた。俺の努力が報われる時が来た。

「では、ノアの計画に協力の意を示す者は、手を挙げなさい。」

9人のうち、執り仕切りを含める3人しか手を挙げなかった。ということは…

「では、テロリストとして捕縛する意を示す者は、手を挙げなさい。」

その掌は6つだ。完璧に負けた。相手が悪かったとしか言えないか。アイツらは自分が可愛いだけの愚か者だった。

「よって、貴様らをテロリストとして捕縛する。武装を解除し、大人しくしなさい。」

「畜生。その足りない脳みそでよく考えやがれ。せっかく生き残れるチャンスなんだぞ。そんなに死にたきゃさもなくば俺が…。」

パシュン。と小さな銃声がする。身柄の拘束は悪い冗談ではなく本気のようだ。口を開いたタイガの右肩には直径6ミリの風穴が開いた。屈強な男でも、痛いものは痛いようで、苦悶の声と絶叫が聞こえる。

銃を打った別の隊員が口を開く。

「安心しろ。処置はこちらでしてやろう。とにかく今は武装を解除しろ。」

我々は持っていたナイフや銃を捨て、防塵チョッキも外させられた。念入りにボティチェックされた後、我々は手錠と足枷をかけられ、一切の抵抗はまるでできない状態でこの部屋に閉じ込められた。

「私だけは貴様を信じよう。」

後ろ手に手錠をかけられた際、俺の耳元で司会をしていた者が囁いた。それはまさしく、協力側に手を挙げた執り仕切りの隊員だった。




俺の努力も虚しく、ノアの計画は公安の手によって中断せざるを得なくなった。ということが顕わになった。俺の周りの顔は暗く沈んでいる。

「…結果論だけど、彼らに協力を仰いだのは間違った選択をしたかもしれないね。愚か者たちには荷が重すぎたのかな。」

彼らが立ち去って数十分の沈黙の末、ガルネンが喋った。なんとも形容しがたい焦燥と怒りがその返答をする余裕を無くしてしまう。

タイガは拘束の末、右肩の治療を受けにどこかへ連行された。幸い銃弾は綺麗に貫いているため、オペなどで取り除く必要も無さそうだったがやはり心配である。思えば彼には巻き込んでばかりで本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。今回だって負う必要の無い怪我だったはずなのに、なぜ彼がいつもこうなるのか。俺はタイガに多大な恩がある。道を間違った際は元の道に正そうとしてくれたし、その道を照らしてくれたのも彼だ。どうにかしてこの恩を返さなくては。そう思うからこそ、こんな仕打ちはあんまりだ。



本当にしばらくしないうちにタイガが戻ってきた。思ったよりもずっと早いお帰りだったようだ。しかし、傷の手当をした形跡が無い。何かがおかしい。

「痛かっただろうに。本当にすまない。」

「ノアを打たれた。そっちの方が痛かったぞ。素人どもが押さえつけてきて、適当に打たれたからな。」

彼にとっては軽い冗談だったが、俺にとってそのセリフは全く面白くなかった。つまり、それはノアを打った俺たちと同族になったことを意味する。今となってはただのワクチンのようなものとあまり変わりはないが、そうやってポンポン打ちまくるものでも無い。俺たちにとっての扱いはどの劇薬より慎重だったはずだ。

「まさか、君たちのお仲間がそこまでバカな連中だったとは。」

ガルネンもララも驚きを隠せない。なにせそんな行いがどれほど不躾でどれほど乱雑なものかを知っていたからに他ならない。

「俺も今、怒りでいっぱいだ。それは医療行為ではない。ただの拷問に近しい。」

もとより医療行為というのは、患者意向抜きでは勝手に行えない。行き過ぎた医療行為は拷問と紙一重だからだ。患者の話を聞き、患者のやりたいように治療することに医療行為の本質がある。医者に精通した俺を嘲笑うようでもある。大切な同胞を傷つけられて頭にこない人は居ない。ヤツらは敵になったんだと再認識する。何も出来なかった無力な自分にも腹が立って仕方がない。

「でも、俺はそれをされて全然がっかりしたりはしなかった。嬉しい、とは少し語弊があるが、まあそれに近い感情だ。」

「なぜそう思う。」

「なぜって。お前らはノアを打っていたからだろう。俺も同族になったんだ。」

はっとさせられた。タイガは俺たちと同じ土俵に立ったことが誇らしかったのだ。それは俺たちを仲間だと認識しているからである。俺にはそれが心強かった。

「だが、状況は思ったよりも悪くないかもしれない。投票の際、司会していた男の隊員の1人を覚えているか。そいつは我々を信じていると言っていた。ひょっとするとあいつは我々を助けてくれるかもしれない。」

「甘い考えじゃないの。あんまり期待すべきじゃないかもよ。」

やはり期待すべきではないか。ララもそう思っているようだ。しかし、他にできることもないからな。

「いや、ひょっとすると有り得るかもしれない。俺がノアを打たれたときは6人がかりで打たれたんだ。投票者の面子はクワッドごとにぽっかり割れたみたいだ。司会の所属しているクワッドはそこまで非道なことをしなかったようだ。」

人間や動物は怖いものだ。自分だってそうだ。自身が追い込まれたとき、何をするか分かったもんじゃない。パンデミックが起きることを予知してパニックになっているのだろう。我々が容疑をかけられているテロリスムもその行為だ。ノアの強制的な接種も今回はその一端が垣間見えただけで、始まりに過ぎない。翻って考えれば、これらの行為は我々の主張を胸中で支持していることになる。支持するくらいなら、初めから我々を信じておけばよかったものを。合理的な判断もできなくなっているのか。

「司会が所属しているクワッドはなんだ。」

「確か、クワッド12のオオタだった気がする。」

「であれば、クワッド12が我々に再度接触する可能性はある。今はそれを信じて待つしかない。」

敵だと思っていた人間が、実は味方でした。とは、まるでスパイ映画のような胸熱シーンだが、内心は本当に助けてくれるのかどうかで冷や汗をかいてばかりだ。

彼らが我々を信じると言ってくれた通り、今度は我々の番だ。彼らを信じるほかない。

不死身«クリーチャー»

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