テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

 カフェに到着したのは十六時三十分過ぎだった。時間的には早いけれど、まあ、大木が来るまでのんびりしていればいいかと思っていた。


 ところが、店内を見渡すと、そこにはすでに大木の姿があった。席に着いて忙しそうに書き物の仕事をしているようだ。


「カフェで仕事をするなんて、アイツ、出来る男アピールをしたいだけなんじゃねーのか? ほんと腹立つわー」


 というのは、もちろん俺の心の中でしか言っていない。いや、事実であり、本音なんだけれど。いやはや、相変わらずの捻くれっぷりである。


「はいはい、お仕事中にお邪魔しますよー」


 と、そんなセリフを吐きながら、俺は大木の向かいの席に腰を下ろした。


「おー、一徳! 早かったな。約束してた時間までだいぶあるぞ?」


「いいんだよ。まあ、思ってたよりも案外早く終わってね」


 大木は作業を止めて書類を鞄にしまい、代わりに一枚のパンフレットをテーブルの上に置いた。なんだこれ?


「これ見ろよ、保険会社のパンフなんだけどね。話を聞くだけで五千円分の商品券をくれるらしいぜ?」


「……は?」


 とりあえず、俺はパンフレットを手に取り、内容を確認した。


『あれこれ聞きたい保険のこと、あなたにしっかりお伝えします!! 今更恥ずかしくて人に聞けないことでも大丈夫! どんな内容でもどうぞお気軽に♪』


 と、まあ、出だしはこんな感じだった。さらに続けて俺は読み進めた。


『話を聞いてくれたあなたに五千円分の商品券プレゼント!』


 そんなことが書かれていた。キャンペーンってやつか。しかし、なんて胡散臭いんだろうか。


「なあ大木? 読んではみたけど、これはなんだ?」


「ああ、それな。昨日の夜ファミレスに行ったらさ、こんなパンフレット見つけたのよ。一徳の資金繰りの役に立つんじゃないかと思って。それで待って帰ってきた」


「資金繰りってお前……。五千円だぞ? そんなの、何の足しにもならないじゃねえか」


「そうでもないと思うけど? 塵も積もればなんとやらだ。それに、俺もどんなものなのか気になるからやってみてあげるよ。それで一徳もやれば、それだけで一万円分の商品券GETじゃん」


 確かにそうだが……どうしても胡散臭さが拭いきれない。かと言って、大木の好意は無にしたくないし、正直、一万円分の商品券は魅力的だ。


「なるほどね。サンキュー。とりあえず今から電話してみるわ」


 そして俺はスマートフォンを取り出し、パンフレットに記載されているお問い合わせ電話番号を打ち込んでボタンを押下した。もちろん、他のお客さんの迷惑にならないよう、口元を手で覆いながら小声で話し始めた。


「あ、どうも初めまして。今ですね、ファミレスで見つけたパンフレットを見ながらお電話してるんですけど。――え? どこのファミレスかって?」


 すかさず俺は大木を見やる。口パクで『ジャスト』と言っているのが分かった。


「ジャストです。はい、はい――そうですね。それで、保険のことを色々教えてくれるって書いてあったんですけど、これって最終的には保険に加入させるってことですかね? うん、うん――あー、そうなんですね」


 話せば話す程に胡散臭さが増していく。まあいい。最後まで話を聞いてみるとしよう。


「はい、私はプロの保険屋さんの何の計らいもない正直な話が聞きたいんですけれど――はい、うん、なるほど。それじゃあ、あれですね。万が一、担当から保険加入を勧められて断ったとしても何も問題ない、ということですよね」


 俺は『だってよ』というメッセージを大木の目を見ながらそう伝えた。テレパシーよろしく。


「ですが、それだけで五千円分の商品券をくれるなんておかしくないですか? これだと、アナタが大赤字になっちゃうかと。――はい、ああ、なるほど。そうですか。正直にありがとうござました」


 そして、会話は続く。


「分かりました。それでしたらお願いしようと思います。ちなみに、私はどこまでお話を聞きに行けばいいのですか? はい、私は千葉県在住です。――はい。はい」


 まあ、なんとなく理解はできた。だからとりあえずオッケーであることは伝えてみた。それにしても話が長いな。正直、もう面倒くさい。


「え、こっちまで来てくれるんですか? ああ、支社が多いんですか。それは助かります。それではいつにしましょうか? はい、はい――そうですか。それじゃあソチラからの連絡を待って対応すればいいんですね? 了解しました。お忙しいのにご丁寧な対応ありがとうございました」


 俺は電話口の相手に折り返しをもらうため、俺の電話番号を伝える。そして終話ボタンを押し、大木に伝えた。


「話し方からして、恐らくギャルだね。で、巻髪で派手目なネイルを着けていることは声から伝わってきたよ」


「そんなこと、普通分かるか?」


「バーカ。嘘に決まってるだろ。 まあ、大木。ありがとうな。どうやら『これ』に協力してくる人を募れば五千円掛ける人数分の商品券が手に入るらしい。商品券って確か、換金すれば大体九十パーセント以上の現金が手に入るんだっけ?」


「ご名答。しかし、予想してた通りだったなあ。ほら、一徳は友達が多いから本気でお願いすれば協力してくれる人も出てくるでしょ。仮に百人が協力してくれたらそれだけでも五十万だぜ!」


「確かにそうなんだけど、俺なら断っちまうかもしれねえなあ……。協力者に何のメリットもないじゃん?」


「は? なんでだよ?」


 俺の言葉に、大木は少しだけ語気を強めた。そして言い放つ。


「一徳、それはマジで言ってんのか? そりゃ確かに『この保険屋の話を聞いてきてくれたら五千円分の商品券がもらえる。そして、その商品券は俺に渡せ』なんて言ったら誰も協力してくれねえよ。俺だってしない」


「だろ? でも大木、お前だったらどうするつもりだったんだ?」


「ああ。頑張ってる友達が本気でお願いしてきてるって分かれば協力したくなるってもんだってことだよ。一徳、もし俺がお前に本気でお願いしたとしよう。そしたら『自分にはメリットがない』と判断すれば、協力しようと思わないのか? 断るのか? お前はそこまで冷たい男だったのか?」


 正直、動揺した。何故ならば、確かにそんな状況で協力しない人間を友達と呼ぶに相応しくない。


 そんな奴、ただのクズだ。


 でも、本当にそうか? 仮に、俺が大木にお願いされたとしても、自分にメリットがなければ、何かしらの理由をつけて断ってしまうのではないか? つまり、俺もそのクズ人間の一人なんじゃないか?


「お、俺だって協力してやりてえに決まってんだろ……。だけどよ、分からないんだよ。特に未来のことなんて。その時その時で事情も変わるわけで……」


 と、そこまで言葉を紡いだ時、大きはポカーンと呆気に取られた表情を見せた。あれ? 俺、変なこと言った?


「いや、だからそうだろ? 協力はしたいって、今さっき自分で認めてたじゃねえか。そりゃお願いをした全員が行動に移してくれるだなんて、俺も思ってないよ。そうじゃなくて、例え何人かであったとしても協力してくれる人がいたら、それはそれで助かるじゃねえか。そう思わないか?」


 俺は顔を真っ赤に染めた。大木の言う通りだ。だから恥ずかしかった。恥ずかしくて堪らなかった。何故、そんなにも難しく考えてしまっていたのか。何故、あんなにも的外れなことを口にしてしまったのだろうか。


 クソッ!! 穴があったら入りたいぜ!!


「ほ、ほんとその通りだな。すまん。難しく考えすぎてた」


「そう。その通り。一徳は難しく考えすぎなんだよ。もっとシンプルに物事を捉えなきゃ。そうすれば、取るべき行動も、それに伴う答えもシンプルに出てくれる」


「わ、分かった。これからはそうするよ」


「とにかく、そういうことだから。そのパンフレット、上手く使ってくれよ。一徳の情熱がきちんと伝われば、心を動かされる人はいるはずだから。それじゃ、俺はまだこの後予定があるから先に出るな。頑張れよ、一徳!」


*   *   *


 ――それから。


 お店を出たところで、俺は改めてお礼を述べた。そして大木は駅の方へと歩いて行った。


 もしかして大木、これだけのためにわざわざ来てくれたのか? だとしたら、すげえよアイツ。感謝しても感謝しきれない。そこまで俺のことを気にかけてくれていただなんて。


「でも、ちょっと怖いな……」


 一体、俺が何を怖がっているのか。それは、もし自分が情熱を持って本気でお願いした時に、一人の協力者も現れなかったケースだ。


「でも、そうなったとしたら、因果応報ってやつか」


 もしもそうなったとしたら、これまで自分が誰かのために協力をしてこなかったことを意味する。しかし、それは因果応報。報いとして受け入れるべきだ。


 それに、せっかく大木が忙しい中、俺のためにこうして提案しに来てくれたんだ。少し怖いけれど、これを三本目の竿として海に垂らそう。


 覚悟を決めろ、俺。

ダメ男、アメリカに行く

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

44

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚