「ここぉ、妊婦の紗英がパパに言って取ってもらっておいたお部屋なんでぇ、先輩、気持ち良くなるまで遠慮なくお休みしてくださいねぇ?」
投げ掛けられた言葉はとても有難い内容なのに、何故か含みを感じてしまうのは気のせいだろうか?
博視に支えられて会場近くの控え室のようなところへ連れて行かれた天莉は、シングルベッド張りに大きなソファに横たえられて、自分をにっこりと嬉しそうな笑顔で見下ろす紗英をぼんやりと見上げた。
「あー、紗英思ったんですけどね、先輩、香水を変えたのが良くなかったんじゃないですかぁ? 匂いってぇ~合わないと気持ち悪くなったりしますしぃー。婚約者さんの趣味なのかも知れませんけどぉ、それ、一応メンズものですしぃ、お高いヤツなんで庶民的な先輩には似合いませんよぅ。あ、そう言えば前にうちの課に高嶺常務がいらしたことがあるじゃないですかぁ。彼も同じ香水だったの、先輩はご存知ですかぁ?」
ふっと一瞬紗英の表情が鋭くなったのを、天莉は見逃さなかった。
(江根見さん、やっぱり私と尽くんのこと知ってて……)
紗英は思ったことをすぐ口に出してしまうタイプだったから、こんな風に駆け引きなど出来ないだろうと勝手に思い込んでいた。
でも、天莉のカマ掛けに、あえて紗英がとぼけたフリをしていたんだとしたら……。
今のこの状況は、必然的に引き起こされたものな気がした天莉だ。
「天莉。お前、香水とかつけるタイプじゃなかっただろ? 何、俺と別れた途端バカみたいに色気づいてんだよ。今日の服装だってお前らしくねぇし。――お前は目立たねぇ地味な格好の方が似合ってんだよ」
紗英の言葉に、博視が不満げに追い打ちを掛けてくるのが天莉には悔しくてたまらない。
紗英の前では取り繕うように〝玉木さん〟と言っていたのが崩れているのにも気付かない様子の博視に、天莉は(いつまでこの人は私のことを自分の支配下に置けていると思っているんだろう?)と思って。
もう博視とは別れたのだ。
それも、一方的な理由で天莉を切り捨てたのは他でもない博視自身なのに。
今更、何故そんなことを言われなければいけないのか――。
正直な話、元カレの博視が何と思おうと、今、天莉にとって一番大切な人が――そう、他ならぬ〝尽が〟――似合うと言ってくれたことこそが全てだ。
博視を睨み付けて、『貴方なんかにそんなこと言われる筋合いはない!』と突っぱねてやりたいのに、うまく言葉が紡げないのが物凄くもどかしい。
(どういう、ことなの?)
とにかく意識はクッキリと冴えているのに、身体の自由が利かない。
ついでに言葉も封じられたみたいに舌がうまく動かせなくて、天莉はとても怖いのだ。
今、彼らに何かされても天莉には抵抗する術がない。
泣きたい気持ちを、『こんな人たちに弱ってるところを見せたくない!』という矜持がギリギリのところで踏み止まらせている。
天莉は自分を見下ろす二人からフィッと視線を逸らした。
「このお部屋ぁ、鍵も掛けられますけど……何かあった時すぐ開けられないのは困るんでぇ、開けたままにしておきますね?」
そんな天莉にどこか勝ち誇ったみたいに紗英の声が投げ掛けられて。
「博視ぃ、行くよぉ?」
博視がまだ何か言いたげに天莉のそばを離れようとしないのを、紗英が引き剥がす気配があった。
扉が閉まる音に、天莉は小さく吐息を落とすと、自由にならない手でカバンの中に仕舞ったスマートフォンを探り当てて。
(尽くんに電話……)
そう思ったけれど、うまく画面を操作することがままならなくて、電話帳はおろか通話履歴さえ呼び出すことが出来なかった。
音声サポートに助けてもらおうにも声もマトモに出せない。
それに――。
尽は今日、沢山仕事を抱えていると言っていたのを思い出した天莉は、今電話を掛けて彼を心配させるのは良くない気がして、尽への連絡自体を躊躇ってしまう。
(あ、でも伊藤さんなら……)
以前、尽から『もし万が一俺に連絡が取れないときは直樹に伝言を残して?』と言われていたのを思い出した天莉だ。
伊藤直樹は常に尽と行動を共にしている。
彼にSOSを出せば、いずれ確実に尽の耳にも届くはずだ。
でも――。
結局スマートフォンを操作しようと手にした途端、手指にうまく力が入れられなくて、命綱の端末を床に落としてしまった天莉だ。
(あ……)
慌てて手を伸ばそうとしたのだけれど、身体が思うように動かなくて、気持ちばかりが焦ってしまう。
(な、んで?)
――自分は今、こんな目に遭っているのだろう?
博視と付き合っている時には、こんな剥き出しの敵意をぶつけられたことなんて一度たりともなかったのに。
改めて〝高嶺尽〟と言う、とても目立つ人と付き合うと言うことのリスクを痛感させられた天莉だ。
(私がこうなることで、尽くんに迷惑が掛かるんじゃ……)
ふとそう思い至った天莉は、サァーッと血の気が引くのを感じてしまう。
尽が、過保護なくらい天莉のことを心配していた理由は、きっとそう言うことだったのだ。
非力で何の力も持たない天莉は、簡単に尽のウィークポイントになってしまう。
もし天莉のせいで尽が窮地に立たされるようなことになったら、きっと天莉は自分のことを許せない。
己の浅はかさがほとほと嫌になって、天莉は今更だと思いつつも涙が出てきてしまった。
***
床へ転がったスマートフォンを拾い上げる。
たったそれだけの動作が本当に難しくて、ソファから落ちそうになりながら四苦八苦していた天莉は、部屋の扉が開いたことにすら気付けなかった。
「……やった! もう女の子の方スタンバイ出来てんじゃん」
「おっ。ホントだ。今日の子はどんなかなー? 俺、すっげぇ楽しみなんだけど」
「わー、お前、顔がめちゃくちゃ下品になってるぞ」
「いや、それ、お前もだろ」
室内に突然響いた男性二人の楽しげな掛け合いに、ビクッとしたつもりだったけれど、実際は身体が跳ね上がったかどうかすら怪しい。
ノロノロと視線を床から前方へ転じると、視界のうんと端っこに、綺麗に磨かれた革靴が二人分見えた。
そのまま視線を上げる――。
いつもなら難なくこなせてしまうはずのそんな単調な動作ですらやたら労力を要してしまうことに戸惑いと恐怖を覚えた天莉だ。
「ねぇ、キミ。そんなに身を乗り出してたら落っこちちゃうよ?」
「――っ!」
言われて、動けないでいる間に距離を削ってきたらしい男に突然腕を掴まれた天莉は、声にならない悲鳴を上げる。
だけど天莉の怯えなんてお構いなし。
男はそのままソファへ天莉を仰向けに寝かせると、顔のすぐ横に渇望したけど手に取ることの叶わなかったスマートフォンを置いてくれた。
「あ……っ、……っ」
とりあえず助けてくれたらしい人物に礼を述べようと口を開いてみた天莉だったけれど、うまく言葉が紡げなかった。
「うわぁー、まさかと思ってたけど」
そんな天莉を見下ろしていた男が突如驚いたような声を上げるから、天莉は何事だろうと思う。
その理由が知りたくて緩慢な動きで視線を転じた天莉の目の前にいたのは、先程壁際で天莉を口説いてきた男だった。
〝沖村、さん?〟
声にならない声で男の名をつぶやいてから(どうして彼がここに?)と思って。
紗英はこの部屋は自分が江根見部長に頼んで取ってもらった部屋だと言っていた。
なのに――。
「……やっぱり玉木さんだ。ソファの上にちらっと見えた服装で、もしかしたらって思ったんだけど、また会えるなんて光栄だなぁ。――あっ。けど……よく考えたらマズイのかぁ」
「なになに、お前、この子猫ちゃんと知り合いなの?」
「知り合いっていうか……さっき会場の方でちょっとね。……けどさぁ俺、こんなことになるって思ってなかったから、そんとき彼女に社名とか名前とか色々教えちゃったわけよ」
「マジか。――なぁ、それ、やばくね?」
「やばいよね。どうしよっかなぁ。せっかくお前と二人、危険な橋渡ってこういうお楽しみ用意してもらってんのにな。俺、バカじゃん」
天莉の不安と疑問をよそに、沖村が一緒に来た男と話し始めてしまって。
天莉は一人状況が掴めず胡乱げな視線で男たちを見上げることしか出来なくて。
でも、ただ一つ。
何となくだけれど、今の状況が物凄く良くないモノだということだけは分かったから。
一生懸命ままならない身体を鼓舞して二人から少しでも離れようと頑張ったのだけれど、情けないことにほんの少し身じろぐだけで、物凄く時間が掛かってしまった。
「なぁ、オッキー。今からやること動画とかに残しとけばいいんじゃね? よく見たらさぁ、この子婚約してしてるみてぇじゃん? 婚約者に知られたくないこと沢山残されたら嫌でも俺らの言うこと聞いてくれるっしょ?」
「おっ、ザキ、お前さすがだな。それ名案だわ。――なぁ、俺とりあえず撮影に徹するから前半はお前が楽しめよ」
「え? いいの? お前、わざわざ自己紹介したってことはさ、この子のこと気に入ってんじゃねぇの? そんな女、俺なら先にやりてぇーって思うけど」
「まぁそれはそうなんだけどさ、ヘマしたのは俺じゃん? 口封じの材料が欲しいのもお前じゃなくて俺なわけよ。だからまぁ、そこは自業自得ってことで我慢するわ」
ソファに横たえられた自由のきかない身体をジロジロと品定めするような視線で舐め回されながら、〝オッキー〟〝ザキ〟と呼び合う二人の会話に、天莉は寒気を覚える。
天莉だって何も知らない生娘ではない。
目の前の二人が、今から自分にしようとしていることが何となく分かってしまった。
それに――。
動かせないくせにやたら感覚だけは研ぎ澄まされた自身の身体が、変に火照っているのも感じる。
触れてもいないのに胸の辺りが甘やかに疼く感覚に、紗英に盛られた薬には催淫効果もある気がして。
さっきこの部屋に連れ込まれるなり紗英から言われた『気持ち良くなるまで遠慮なくお休みしてくださいねぇ?』という言葉の違和感に今更のように思い当たった天莉だ。
自分は、何かの儀式?のために用意された生け贄なのではないだろうか。
オッキーこと沖村が、今のこの状況は〝危ない橋を渡ったことの対価〟みたいに言っていたのは、恐らくそういうことなんだろう。
「前回の時はさ、めっちゃ女の子の方がノリノリだったじゃん? そういうのも悪くないけどさ、俺はやっぱ今回みたいに怯えた目をされた方が俄然奮い立つんだよね」
「わー、ザキ、最低だな」
「他人事みたいに言ってっけどオッキーもだろ?」
「まぁな。けど俺、ザキと違って後ろには興味ねぇからな?」
「えー、後ろはさー、どんな女の子でも大抵挿入た瞬間痛がるから最高じゃね?」
「そりゃ、お前がわざとほぐしてやんねぇからだろ」
「まぁな」
そう答えると同時、ザキと呼ばれた男に下半身をじろりと見詰められて、天莉は恐怖と不快感に怖気立った。
「あっ。オッキー、お前、俺が先でいいって言ったの、もしかしてそういう理由?」
「まぁなー。俺は普通にヤるのが好きだからさ、後でも先でもお前とは突っ込むトコ、競合しないわけ」
「そうか。了解了解。じゃあ遠慮なく先行かせてもらうわ」
「どーぞ」
どうやら二人の間で話がついたようで……。
沖村がスマートフォンを構える中、ザキと呼ばれたもう一人の男がじりじりと天莉ににじり寄って来た。
そうして、尽にプレゼントしてもらったワンピースへ手を掛けられた天莉は、動けないなりに必死で抵抗したのだけれど。
当然声すらマトモに出せないような天莉に出来ることはほとんどないまま、コロンと身体をひっくり返されてうつ伏せにされてしまう。
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