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保谷東
スマホの画面に表示された数字を見て、俺は思わず笑ってしまった。
口座残高。
143円。
笑うしかなかった。
冷蔵庫を開ける。
中には半分だけ残った麦茶と、賞味期限が昨日で切れたもやし。
それだけだった。
「はぁ……」
小さくため息をついて冷蔵庫を閉める。
テーブルの上にはいくつもの封筒が散らばっていた。
家賃。
携帯料金。
電気代。
どれも赤字で「至急」と書かれている。
高校を卒業して半年。
就職活動は失敗続きだった。
面接に行っても落ちる。
バイトに応募しても落ちる。
ようやく採用されたコンビニのバイトだけでは生活できなかった。
スマホが震えた。
【母】
画面に表示された文字を見て胸が苦しくなる。
数秒迷った後、通話ボタンを押した。
「もしもし」
『ごめんね。また電話しちゃって』
母の声は弱々しかった。
病院のベッドからだ。
「別にいいよ」
『仕事はどう?』
「順調」
嘘だった。
『無理してない?』
「してないって」
また嘘をつく。
母は少し笑った。
『そう。ならよかった』
本当は薬代も払えていない。
見舞いにも最近行けていない。
だけど心配をかけたくなかった。
通話を終えたあと、俺はスマホを机に投げ出した。
天井を見上げる。
何も変わらない。
頑張っても変わらない。
真面目に生きても変わらない。
その時だった。
通知が表示された。
SNSアプリ。
何気なく開く。
友人の投稿が流れてきた。
新車。
旅行。
高そうな腕時計。
みんな楽しそうだった。
俺だけが取り残されている気がした。
画面を閉じようとした時。
一つの広告が目に入る。
【即日10万円】
俺の指が止まった。
【荷物を運ぶだけ】
【未経験歓迎】
【簡単なお仕事】
【即日入金】
怪しい。
どう見ても怪しい。
そんなことは分かっていた。
だけど視線が離せなかった。
10万円。
今の俺にとっては大金だった。
家賃も払える。
母の薬代も払える。
コンビニの時給では何十時間も働かなければ稼げない金額。
広告の下には応募ボタンがあった。
俺はスマホを置く。
そしてまた手に取る。
置く。
手に取る。
その繰り返し。
気付けば夜になっていた。
部屋は真っ暗だった。
スマホの明かりだけが顔を照らしている。
残高143円。
滞納通知。
病院の母。
そして、画面に表示された文字。
【即日10万円】
俺は唾を飲み込んだ。
そして――。
親指をゆっくりと動かした。
【応募する】
そのボタンへ。
(第二話へ続く)
コメント
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読了しました。143円という絶望的な数字から始まって、冷蔵庫の中身や滞納通知、母への嘘——全てがリアルで胸が締めつけられました。「応募する」ボタンに親指を動かすラスト、読者の自分も同じ状況なら迷わず押してしまいそうで、ゾッとしました。続きが気になります。