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立川駅の改札を抜けると、谷岡 純は、ネクタイのノットに指を掛け、首元を荒々しく緩めた。
向陽商会本社へ出向き、朝イチから本社と関連会社の合同会議に出席したため、慣れないスーツに身を包んでいる。
チャコールグレーのスーツに、ライトグレーとサックスブルーの細かい市松模様のネクタイは、純にとって、緊張感に縛られる鎧のようなものだ。
午前中で終わると思っていた会議が予想以上に延び、駅に到着したのは、もうすぐ十五時を回ろうとしている頃。
平日だというのに、立川駅北口周辺は、普段よりも人の往来が激しい。
しかも、カップルばかり目につく。
(ったくよぉ。今日は何でカップルが多いんだ? イベントでもあんのか?)
訝しげな表情を浮かべながら、純は、スマートウォッチを見やった。
デフォルト画面の日付は、二〇二四年十二月二十五日(水)と表示されている。
(そっか。今日はクリスマスか。まぁ……俺には関係ねぇけど……)
痛みすら感じる冬の風に、ブルっと身震いしながら、彼は職場へと歩き出した。
モノレールの立川北駅方向に歩いていると、ひときわ目立つ美男美女のカップルが、純から少し離れた所を歩いている。
(あれは……)
黒髪のストレートロングに、眉の下で切り揃えられた厚めの前髪、目力の強い漆黒の瞳の女性と、高身長で俳優を思わせる顔立ちをした、クールな瞳を持つイケメン。
二ヶ月ほど前、友人の結婚式と披露宴で出会った女性、音羽 奏だった。
純が奏の事をいいな、と思い、宴の最中に連絡先を交換した後、一度だけ食事に行ったきり。
後日、友人夫妻を交えて飲みに行った際、彼女には好きな人がいる事を知り、失恋したのは一ヶ月以上前だ。
すぐ近くのデパートから出てきた奏たちは、立川北駅近くのシティホテルへ向かって歩いている。
手を繋ぎ、仲睦まじく寄り添う二人に、羨望の眼差しを向ける純。
(彼女、好きな人がいるって、あの夫婦が言ってたな。そうか。恋人同士になったんだな……)
彼は、その場に立ち尽くしたまま、呆然とカップルを見つめる。
「感傷に浸ってる場合じゃねぇよな。さて、仕事仕事……」
純が小さくため息をつき、踵を返した瞬間だった。