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「……で、なんでここに?」
ケインが至近距離で放たれた雹を受け止め、そのまま無造作に捨てて、下の家が犠牲になるのを見ながら、オスルェンシスはアデルに来た理由を聞き直した。
「いやあ、あの変態が無事到着してしまっているか心配だったので、見に来たんですよ。到着に失敗してたら行方不明で終わらせようと思ってたんですが……」
「それでいいんですかね……」
「ってゆーか、到着ってどういう事なの?」
エインデルブルグでツーファンとコーアンの兄妹喧嘩を眺めていた筈の彼が、1人でこの場にやってきた理由とは……
──少し前、王都エインデルブルグにて。
ドカッ
「ぐぅっ……【ニョッキ】っ」
「うおっあぶねっ!」
みししっ
飛ばされたツーファンが壁にめり込みつつも、パスタを指で弾丸の様に弾き、握った長いパスタの位置を瞬時に調整して弾倉のように使い連射している。そしてコーアンが避け、その後ろの壁にパスタ弾がめり込みヒビ割れするが、その場の全員がもう諦めていたりする。
「もうこの辺一帯、ボロボロですね……」
「王妃様からの説教確定だよな」
カタカタカタカタ
2人が暴れまくった結果、短時間で周囲の家は廃墟同然となっていた。家の内外で何人もの家主達が落ち込んでいる。
ため息を吐くアデルとボルクス。その後ろでは、ディランが無表情で震えている。母親からの説教が怖い…だけではないようだ。
「この兄ちゃん、なんかすげぇ事になってるな? どうした?」
「ああ気にしないでくれ。変な事しないように、徹底的に『教育』されちまったんだ」
「何があったんだ……」
「ダイジョウブダ、モンダイナイ。ダイジョウブダ、モンダイナイ」
全く大丈夫じゃなさそうなディランの事は一旦置いておき、ケインはコーアンに向かって叫んだ。
「おーいコーアン。俺は飛んでいくぞー! 着替えたら手伝ってくれ!」
「! 方向は!」
「あっちらしい!」
2人の間では会話が成立しているが、アデル達にはその会話を理解出来ない。
(飛ぶ?)
(どうやってか分からんが、空中ならアデルが追い付くだろ、多分)
この2人も王城の精鋭である。並みの行動であれば、いくらでも対応出来るのだ。並みの行動であれば……。
しかし目の前にいるのはツーファンと互角にやり合う兄と、その上司。しかも常時女装の筋肉隆々な変態。何をしでかすか分かったものではない。
警戒を強めるボルクスの目の前で、ケインは服を取り出した。
「ちょっと待てその服今どこから取り出した……」
服が破れて先程まで手ぶらだった筈が、大きめサイズのシャツとミニスカートのセットを広げて持っている。
「どこって、服の中からだが?」
「今服全壊してるだろーが! やめろよそーゆー意味不明な冗談言うの! いやいやもう一回やらんでいい! なんでパンツの中に手ぇ突っ込んでんだ!」
全力で再現を断られたので、ケインはちょっと寂しそうに服を着始めるのだった。
「っていうかなんで女装しかしねぇんだよ!」
「正装だ」
「今すぐ爆炎で燃やしてやろうかこの野郎!」
ボルクスのツッコミもどこ吹く風と、筋肉の塊は涼しい顔でミニスカート姿になった。見ていた2人からは、ため息しか出ない。
「よし準備完了だ。コーアン!」
名前を叫び、ケインは戦闘中のコーアンの方向へと駆け出して行った。
「スルーすんな。ったく、アデル」
「はい」
声をかけられたアデルは、『雲塊』を広げ、上に乗った。「飛ぶ」と言ったケインを追跡する為である。
その方法が分からない以上、空中での機動力が最も高いハウドラント人のアデルが動くのが、最も確実なのだ。
ケインに呼ばれたコーアンが、パンツの中から卵を2つ取り出し、目の前に放り投げる。
「【ボムエッグ】」
「なんかキタナイ! 【ラザニア】!」
破裂して飛び散った卵の殻を、パスタの壁で防ぐツーファン。だが、それはケインの場所へ向かう為の牽制である。
視界を防いでいたラザニアを退かした時には、コーアンの姿はその場には無かった。改めてその姿を見た時には、壁を蹴って方向転換したケインの直前に逆立ちで降り立った。
「いっくぜえええコーアン!」
「ふんっ!!」
ケインが倒立で逆さまになっているコーアンの足の裏に、両足で乗った。そして両足を限界まで曲げ、足に力を込める。
同じくコーアンも両足を曲げ、立っている両腕も曲げ、力を込める。石の地面が握力でひび割れる。
そして、重心をずらし、2人の姿が斜めに傾いた。
『うおおおおおおおおお!!』
雄々しい叫びをあげ、お互いを全力で蹴った。
倒立で地面に固定しているコーアンはその場所から動かず、体を伸ばす。その上に乗っていたケインが、勢いよく空へと飛んでいった。2人の超強力な脚力を使って射出したのだ。息ピッタリなバネの威力は、2倍3倍どころの話ではない。
『どええええええっ!?』
これには追おうとしていたアデルも、この場を収めるつもりでいたボルクスも、殺気むき出しでコーアンを追撃しようとしていたツーファンも、そして無表情になっていたディランも驚いた。隠れて見ていた住人も、目と口を大きく開いて叫んでいる。
「えっ、ちょえっ!? どうやって追跡……」
まさか一瞬で遥か遠くまで飛んで行くとは想像していなかったアデルは混乱し、ボルクスの横でアワアワしていた。
流石にボルクスも茫然としていたが、なんとか気を取り直し、アデルに向かって指示を出していた。
「まてあわわわてるなおおお追うのが無理ならあああ…あー、あー、さ、先回りだっ! 先回りしろ! 転移で行けえええ!!」
冷静さを失っているにも関わらず、なんとか最善を絞り出す判断力。王子に仕えるだけあって、有能な魔法使いである。飲んだくれだが。
「はっはいいいいい!!」
まだ若いアデルは、本来ケインを直接追跡する筈だった『雲塊』に乗って、全速力で転移の塔へと向かったのだった。
「……というわけなんです」
「うわぁ……」
「筋肉の力って凄いの」
経緯を聞いたオスルェンシス達は、全員呆れるしかなかった。いきなり飛んで来た方法は分かったが、まさかのジャンプである。
「お、王都大丈夫なの? なんか色々壊れたんじゃ……」
話を聞いている間に拘束を緩められていたネフテリアが、心配そうにしているが、
「いやいやニーニル程じゃないですけど!? なんなんですかこのモコモコの惨状は! こっちに来た時に滅茶苦茶ビックリしたんですけど!」
被害の規模だけならば、町規模でトラブルが起こっているニーニルの方が、断然大きい。しかも、事情を知らない人にとっては、全てが意味不明である。
「……メレンゲって町を滅ぼす力を持ってたんですかね?」
「そんな事はないのよ。ちょっと量が多かっただけなのよ」
「ラスィーテっていったい……」
食に関する能力でしかない筈のラスィーテ人の力。使い方を間違えれば、なんでも出来てしまうのではと、ツーファンの戦いっぷりとニーニルの惨状を見て思うアデルであった。
そんな話をしている間に、ケインの方も進展があった。なんとケインがアリエッタと同じ雲に乗っているのだ。
(とりあえずクモをつなげたが……)
「よーしよしよし、いいーこだお嬢ちゃん。そのままジッとしていてくれよぉ? ほら、とぅーとぅーとぅとぅとぅ……」
「いやいや、なんのショウドウブツあつかいしてるんだ」
「うぅ~」
(コイツもコイツでケイカイしてるし)
ピアーニャがアリエッタにバレないように、雹を撃っている間に『雲塊』をゆっくりと繋げ、ケインを近づけていた。
ケインもそれを察し、じわじわとアリエッタに這い寄っている。胸元から大胸筋をチラつかせながら。
(コトバのつうじないコドモは、ショウドウブツとかわらんのだな……だからといって……)
目の前で女装したムキムキの男性が、なんとか警戒を解いてもらおうとして、仰向けになって手足をバタつかせながら、体を左右に揺らして変顔をしているのは、見るに堪えないのだろう。
ピアーニャは顔色を悪くして目を逸らし、アリエッタは涙目になってさらに警戒を強めている。ピアーニャを守るのに意識が移り、雹はもう発射されていない。
(怖い……なんなのこの人、もうやだぁ……)
(なんでわち、がんばってタえてるんだろう。さいしょからフツーに、パフィのところにもどればよかったんだな)
余りに酷い姿を見て、2人の心は挫けてしまった。そして大人しく地上へと戻って行く。
「あ、戻ってきたのよ」
「うあ~ん! ぱひー!」
「むぎゅ」(はなしてくれぇ!)
パフィを視界に捉えたアリエッタは、ピアーニャを抱えて走り出した。もう完全に泣いている。
しかし、パフィを除く全員は、それよりも気になるモノが目の前にあるせいで、動けなくなっていた。
「お、無事戻ったか。ふぃ~」
アリエッタから見てパフィが見えたという事は、その前に仰向けで転がって手足を上げていたケインの下半身側が下から丸見えという事である。
「あらセクシーなの。ちょっとはみ出──」
「口にしちゃダメですよ! なんて恰好してるんですか!」
「うへぇ、なんかヤなモノみた……」
「うわぁ、男の人ってこんなんなん……初めて見たん……ゴクリ」
「シャービットちゃん!?」
「あーしもアレ生やして男になれるよ。ほら」
「ラッチ!?」
「アリエッタ、よーしよしよし♪」
衝撃的なモノを見て、多様な反応を見せる目撃者達。男であるアデルはげんなりしているが、若いシャービットとラッチは興味津々である。
その間にアリエッタはパフィの胸の中に飛び込んでいた。パフィはアリエッタしか見ていない。
だがここで、危険な反応をする者もいた。
カタカタカタカタ
「ったたたたた! ちょっとパルミラ動かないでぇっ」
ネフテリアの拘束具になっているパルミラだった。以前ヨークスフィルンで見てしまったモノと同じ光景が目の前にある。どうやらその時の衝撃が余りに酷く、しっかりとトラウマになっていた。目の前でビキニが弾けて、自分の顔に被さった生ぬるい記憶が蘇る!
「いやぁ……いやあああああああ!!」
「ひょあああああああ!!」
突然叫びながら変形し、低い塔のような形になった。その頂上にはネフテリアが固定されている。
「パルミラ落ち着いてええええ!!」
「ああああああああああああああ!!」
「ちょおおおおおお!!」
錯乱したパルミラは、その細長くなった体をしならせ、ケインに向けて王女を叩きつけた。
ズンッ
「ネフテリア様!」
ボーっと見ていたオスルェンシスが、流石にこれは危ないと気付いた時には、鈍い衝撃音と砂埃が舞い上がっていた。
すぐに砂埃は晴れ、そこにあった光景は……
「ふいー、大丈夫ですかい? 王女サマ」
「う……ん?」
振り下ろされたネフテリアの顔が当たる直前で、パルミラの部分を両足で挟んで受け止めていた。砂埃は、ケインの下にある『雲塊』が衝撃に耐えきれずに、地面に叩きつけられて舞い上がったものだったのだ。
「なに…これ……」
ネフテリアは今の自分の場所を把握しようと、ケインの顔から下に視線を移動し、目と鼻の先にあるモノに注目した。
ネフテリアの顔が当たる直前で、足で挟んで受け止めたのだ。
その当たる予定だったモノが、顔の超至近距離にあって、視界を埋め尽くしている。
「……そんなにマジマジ見ないでくれるか? 流石に恥ずかしいんだが」
「ひぎゃああああああああああ!?」
メレンゲだらけのニーニルの町に、王女の絶叫が響き渡った。