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「こら、そんなに尻尾を触るんじゃない!」
「だって〜、イナリの尻尾もふもふなんだもん」
「誰がいつアンタに呼び捨てを許可したって言うの!それに、今日尻尾に触られるのは3回目なのよ。アンタの弟と、おばあちゃんに一回ずつ。おばあちゃんは度をわきまえてるから良いけど、アンタの弟ときたら無神経に何度門何度も…弟ならしっかりと教育しなさいよね!」
「いやだって〜、アイツ言っても聞かないよ?どうせ」
朝から私とイナリはこんな会話をしていた。
制服に着替えた私は、朝食を食べていた。
青菜の味噌汁にごはん、焼き鮭にたくあん。
それに加えてたりんご。
おばあちゃんが作る朝ごはんはとても栄養バランスが良い。
たまに私も味噌汁を作ったりするのを手伝うことがあったり。
イナリはなんと、普通に朝食を食べていた。
何気におばあちゃんは私が小さい時に使っていた食器を取り出してイナリ用にしていた。
「ねえ、イナリってそれ食べていいの?」
「良いのよ。私はそもそも普通の狐じゃないの。分かる?」
「あー、そうだった…なんか凄い力があるんだっけ」
「まあ、言い方は気に入らないけれど、そういうことよ」
朝食を食べ終わり、食器を洗う。
学校に行くために歯を磨いていると、隣にイナリが居た。
見れば、髪をとかすブラシで尻尾を整えている。
ホント、イナリって本当に稲荷像なんだろうか。出会ってちょっと経ったけど、少し疑わしい。
人間みたいにトイレ行くし、ご飯食べるし。
何よりすごい喋る。あ、これは出会ったときからか。
「イナリ、そんなに見た目整えてどこに行くの?」
「当たり前でしょ。アンタについて行くのよ」
「え、ええええ?!」
何が「当たり前でしょ」なの?!
いやいや、そもそも学校ペット禁止だし…
そもそもただでさえ連れていけないペット。
そして喋るキツネだ。見つけられたらたまったもんじゃない…
「何驚いてるのよ。まだまだアンタに説明してないことは沢山あるの」
「で、でも…」
「それに、アンタが昨日倒したツグモリが落した九十九の精を届けなきゃいけないの」
「九十九の精って…このキラキラのことよね?もしかしてあの時見た水晶玉…?随分形が違うけれど…」
なんだかまるで、破片のようだった。昨日見たのとはかなりかけ離れている気がする。
「そりゃあ、これが欠片だからよ。コレがいくつも組み合わさって一つの九十九の精になるの」
「へぇ…」
私は呆然として返事をした。
あまり詳しくは分からないから、もはや頭に大量のはてなマークが浮かんできた。
「そんで、届けるべき人を探さなきゃいけないの。これは神様に捧げて元に戻すべきものだからね」
「そうなの?」
「モノには全て、命がある。意思がある。今アンタが手に持ってる歯ブラシだって、何ならこの家にだってね。その生命を吹き込むのは他ならぬ神様だから、その御礼にモノは返さないといけないの。聞いたことあるでしょ?人間の器は神様からの借り物だって」
言われてみれば昔、おばあちゃんが言ってたような…?
人間の器は神様が与えてくれたいわばプレゼント。大事にしなきゃいけないよって…
でも、長々と語られても意味がわからない。
「うーん…何が何だかさっぱりなんだけど…取り敢えず、このキラキラを返せば良いのね。…誰に?」
「だから、その人を探すのよ。どう?合理的な判断でしょう?」
「ちょ、合理的な判断って…学校に行くことは許可してない!」
「さ、行くわよアンタ。案内しなさい」
「ちょっと話聞いてよ!…もう!…じゃ、いってきます!!!」
ちょこまかさっさと玄関を出ていくイナリ。
私はそれを追いかけるために、爆速ですべての準備を終わらせた。
カバンを抱えて、家を飛び出す。
神社の石段を下り、イナリを捕まえて強引にカバンに押し込んだ。
「ちょっと何すんのよ!何するつもりなの?」
「何って…こんなに喋ってるキツネを歩かせるわけには…それに、学校で見つかったら捕まっちゃうよ?」
「ふん!捕まえる人間のことは私が噛みちぎってやるわよ!」
「でも…くらーい所に閉じ込められちゃうかもね〜」
「べ、別に…」
「あと、私の担任の先生すっごく怖いよ〜?」
そうやって問い詰めていけば、イナリはすっかり黙り込んでしまった。
なーんだ。意外と可愛い所あるじゃん、と思いながら学校の門へつく。
「いい?イナリ。ここから先は絶対に喋ったり動いたりしちゃダメだからね」
「分かってるわよ」
念を押して教室へ入る。
「あ、おはよー、イノリちゃん!」
「おはよー、由香!」
由香は朝から元気だな〜…はぁ。ちょっと羨ましい。
「ねぇねぇ、イノリのカバン、めっちゃ動いてない?」
「え?」
そう言えば、さっきから背中がくすぐったい。
カリカリ…と音を立てている。
あんだけ念を押したのに!
一気に顔から汗が出てきた。
「え?…あはは、気の所為だよ…」
「そう?もしかして…ペットとか連れてきた?まあ、私が考えただけ…」
そう由香がいつもおの口癖を言おうとしたタイミングで、カバンからイナリが飛び出てきた。
「ちょっと!そこの小娘!アタシの事をペットとか、気安く呼ばないで頂戴!」
私は頭を抱えた。どうすればいいんだ、これから。
クラス中の視線がこちらに向かう。
「大体ねぇ、稲荷像に向かってペットなんて…」
クラスの時間が止まった気がした。
勿論気の所為なんだけどね。
ただ、次の瞬間向けられたのは、思いもよらぬ言葉だった。
「え〜!すげぇ、しゃべるキツネだ!」
「尻尾もふもふじゃん」
「綺麗!可愛い!」
ええ…
私は少なからず喋る稲荷像にとんでもなく驚いた。
なのにうちのクラス、驚いてる人が居ない。むしろ楽しんでる。
この時ばかりは、このクラスが能天気でお調子者の集まりで良かったと実感する。
「ちょっと、何で勝手に出てきてるのよ!」
「良いじゃない。それに…鞄の中の居心地が悪いのよ」
全く反省する素振りを見せないイナリに半分呆れつつも、席につこうとする。
そんな私を、
「ねぇねぇ、もふもふしても良い?」
「狐さん触らせて〜」
とクラスメイトが囲む。
するとそこへ、担任の先生が入ってきた。
「朝のHRを始めるぞ…って…星彩!ペットの持ち込みは禁止だぞ!」
ああ。案の定バレた。怒られるのは当然私なんだよな…
「はい、すみません…」と言おうとした矢先、私の机からイナリが飛び出した。
「全く、あの小娘といい、このクラスメイトといい、アタシのことをペットとしてしか認識しない。あのねぇ、私はイナリっていうちゃんとした名前があるの。アタシは稲荷像の九十九神なのよ!」
そう言って、イナリは担任の先生の手にガブッと噛みついた。
担任の先生は、「エキノコックス!」と叫んで保健室へ走っていった。
赤く歯型がくっきりと残っていて、見るからに痛そうだ。
「ちょちょちょ…イナリ、何してんの?」
と私はイナリにお説教しようと思ったけど、何故か周りの人達は、
「私あの先生怖いから苦手だったんだよね〜」
「朝のホームルーム無くなったじゃん、ラッキー!」
「イナリちゃんのお手柄だね!」
と褒めていた。
ツッコミ役は居ないのか、このクラス。
ボケ要因しか集まってないのか。
しかもイナリは、「ふん!褒め称えなさい!」って自信満々だし。
「イナリちゃんを連れてきたイノリ、大手柄だね」
「ちょっと由香、やめてよ」
どちらかと言えば私についてきただけだし、私はなにも手柄は立ててないような…
うーん、この際私の手柄として考えて良いのだろうか。
その時、丁度朝のHRを終わらせるチャイムが鳴った。
担任が居なくなるというアクシデントはあっても、授業には行かなくちゃ。
「1時間目、何だっけ?」
私は何気なく由香に聞く。
「1時間目?確か音楽だったはずだよ〜」
「ありがとう!」
教科書の準備をして、音楽室へ行く。
イナリも連れて。
「いや何でイナリが来るのよ!」
「別にいいじゃない。アタシ、ちゃんとここに貢献してるでしょ?」
「ま、まぁそうだけどさ…」
曖昧に私は頷く。
「イノリ、早く〜!授業始まっちゃうよ!」
由香が私を呼んだ。
「はーい!今行く!」
そう返事をして私は由香の元へ駆け寄った。
音楽室は3階の一番奥にある。
3階の階段を登りきった時だった。
と女性教師の悲鳴が聞こえた。
皆が集まっている音楽室…
その奥には、あろうことかツグモリが居た。
「う、嘘おおおお?!」
これって変身しなきゃいけない流れ?
こんなに沢山人いるのに?
クラスメイトが見てるのに?!
そんなことお構いなしにイナリは、
「なにぼーっとしてんのよ。凶暴化しないうちに変身して倒すわよ」
と言う。
「だって、こういうのってバレちゃいけないのがお決まりでしょ…?」
「何いってんのよ。こういう仕事はちょっと昔までは表立って行われていたのよ…はい、これ」
そう言って鈴が渡された。
はぁ…不本意だけど、全員の前で変身しなければならないようだ。
息を深く吸い込み、変身する。
「今開闢の時。久遠に響く言霊の精!」
やっぱり、変身していく感覚には慣れない。
気がつけば巫女服という謎状態が起きる。
音楽室の外では、クラスメイトがこちらをじっと見ていた。
「なんかすげー…」
「あれって…」
予想通りの反応だ。
そんな事を考えていると、目の前にツグモリが来た。
「ステナイデ、ステナイデ、コワレタカラッテ…ステナイデエエエエエ!!!!!」
「い、いやあああああ!!!」
いくら一回変身したことがあるからとはいえ、今回はまだ二回目だ。
私は狭い音楽室を走り回る。
「マッテ、マッテヨオオオオオオ!!!!」
「待ってほしいのはこっちだよ!!!」
謎のツッコミを入れながら逃げ回っていた私は転んでしまい、ついに追い詰められてしまった。
「九十九の精よ、銀湾の中で眠れ。鏡花水月!」
とっさにあの時に唱えた呪文を口に出す。
鈴からはあの時と同じ様なオーラが出たのに、全く今回の敵には効果がなかった。
「もう!何やってんのよ!…鈴を二回振って!技を使うのよ!」
とイナリは叫ぶ。
「技って何?!」
「今は説明してる暇なんて無いわ。とにかく振って!」
言われた通り、鈴を二回振る。
しゃんしゃん、と音がして、周りに桜の花びらが舞っていた。
自分の周りには、桃色の蛍光色でかたどられた御札のようなものがあった。
「結界!桜花爛漫、桜吹雪!」
無意識にそう叫ぶと、御札がツグモリに向かって飛んでいった。
無数の桜の花が舞い落ちる。
敵が一瞬怯んだ隙に私は、
「九十九の精よ、銀湾の中で眠れ。鏡花水月!」
と言った。
やっとツグモリは浄化できた。
それにしても、何なんだこの技は…
気がつくと、周りにクラスメイトが集まってきていた。
「すっげぇかっこよかった!」
「さっきの何?」
「めちゃ凄い!」
「えへへ…そうかな?」
口々にそう言うクラスメイトに、私はすっかり照れてしまった。
そんな私の肩を、イナリが叩いた。
「アンタこれ、忘れ物」
そう言うイナリの手には、九十九の精。
ああ、そうだ。元々はこれを届ける人を探してたんだった。
「ごめんごめん、忘れてた…」
そんな私の前に、倒れていた女性教師がやってきた。
「助けてくれてありがとう。…それにしても、今日1時間目の音楽、教室で自習って聞いてなかったの?」
「え、自習だったんですか?!」
その場にいる全員が同じ様な表情をする。
聞く所によると、今日は古いピアノの搬出作業があるから生徒たちは教室で自習にする、ということだった。
私達のクラスは朝ホームルームが無くなったから話を聞けていなかったらしい。
「はぁ…今日も大変だったよ…」
「でも、九十九の精の届け先は全然掴めてないわよ」
放課後、私は昇降口へ向かう。
靴を履き替えて、玄関を出ようとした所で誰かに呼び止められた。
細い長身で、コートにフード。
「ねえキミ、今日は大活躍だったね」
「え?え、ああ、ありがとう…ございます?」
私は曖昧に返事をする。
「その九十九の精、僕に預けてくれないかな?…絶対に神様の元に届けるからさ」
謎の人物はそう言って笑った。
「イナリ、届けてくれる人見つかったよ!…イナリ?」
目の前に折角届け主が現れたのに、イナリは黙ったままだった、すると突然、イナリが叫んだ。
「イノリ、走って。家までそのまま。騙されちゃダメ」と。
「え、ええ?…でも…」
「良いから走って!」
「え?ちょちょちょ…待ってよ…す、すみません、また今度!」
鞄の内側からとてつもない力で引っ張られて走り出す。
今の私には全く理解できなかった。
「…チッ…これだから利口すぎるキツネちゃんは嫌いなんだ。あと少しで騙せそうだったのに…それにしても、現代にまだツグモリ狩りが居るなんてな。厄介なことになったもんだ」
なんてあの謎の人物が呟いてるとも知らずに。
学校を出た私はとにかく走っていた。
はぁ、はぁ、と息が切れている。
「イナリ、ここまで来たら十分でしょ?」
「…まぁ、ここまで来たら大丈夫でしょうね」
息が荒くなる。これから私、神社の掃除とかもしなきゃなのに…
するとそこへ、私にとっては見知った人が現れた。
「あら、イノリちゃん?大丈夫かしら?」
「小夜婆ちゃん?!」
どうしようどうしよう、イナリのこと見られちゃった!
私は焦って、そのままフリーズしてしまった。