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夏季休暇に入る前日、恵菜は帰宅した勇人に、無言のまま離婚届を差し出した。
『…………え? 何……これ……』
彼は、顔を強張らせた後、グニャリと歪ませた。
『何って……離婚届だよ』
勇人は、まさか恵菜から離婚届を突き付けられると、思いもしなかったのだろう。
絶句したまま、緑色の書類を眺めている。
『私と…………離婚して下さい』
恵菜は深々と頭を下げた。
『俺…………恵菜と離婚する気なんて……一ミリもないん……だけ……ど……』
(何が離婚する気なんて一ミリもない、だよ。不倫してたくせに……!)
『家に帰ってきて、ブタがいるなんて、勇人だって嫌でしょ?』
恵菜がヤケになりながら言い捨てると、勇人が目を見張らせた。
『恵菜…………お前、まさか……』
彼女は、自分が放った言葉にハッとする。
心の中に秘めておこうと思った事を、つい口を滑らせてしまい、恵菜は両手で口元を隠した。
『…………俺のスマホ……見たのか?』
『…………』
勇人の顔つきが、憤怒に満ちた表情へ変化していく。
『恵菜! 俺のスマホを見たのかって聞いてんだよ!!』
(不倫しておいて逆ギレ? 何なの? この男……)
『それ以前に勇人、家に帰ってくる時、たまに女物の香水の匂いを漂わせてたよね?』
敢えて冷淡な声音で言い返す恵菜に、彼はギクっと肩を強張らせる。
『それに、お義母さんの痩せろ痩せろ攻撃…………いい加減、もうウンザリだよ!!』
食事が全然摂れずにいる恵菜は、ここ半月で十キロ近く体重が落ちた。
恵菜は財布とスマートフォン、キーケースをポシェットに入れ、自宅のキーをテーブルに置いた後、玄関へ向かう。
『もう、この部屋には戻らないから。離婚の事、アンタの口からお義母さんに伝えて。私の物は全部処分して構わないから。じゃあね』
『おい! 恵──』
恵菜は勇人が制止するのも構わず、自宅を飛び出した。