第5話:子どもたちの空
イブの夜。
町内の屋根にはうっすら雪が積もり、街灯の光をやわらかく反射していた。
その下で、少女・美羽(みう)は両手をポケットに突っ込みながら空を見上げていた。
小学三年。肩までの髪をツインテールに結び、耳あてのついた帽子をかぶっている。
ダウンジャケットは薄桃色、首元のマフラーには小さな鈴がついていて、風に揺れるたびにチリンと鳴った。
「サンタが来た!」
美羽が指を伸ばす。
夜空に、緑と赤の光が交差する。ドローンが群れを成して飛び、トナカイのシルエットを描いていた。
光はまるで本物のソリのように動き、町全体がその下で息をのむ。
玄関先では、美羽の母親がマグカップを手に立っていた。
髪を後ろでひとつに束ね、ベージュのコートを羽織っている。
その目に映る空は、子どもたちの歓声でゆらめいていた。
「ねぇお母さん、ほんとにサンタさん来たよ!」
美羽が振り返ると、母は小さく笑った。
「そうね……お金、高かったけど、やっぱり参加してよかったわ」
手袋越しにマグカップを握り直しながら、少し照れくさそうに言う。
「だって、こんなに嬉しそうな顔、久しぶりに見たもの」
隣にいた男の子・湊(みなと)は、黄色いニット帽を深くかぶっていた。
「サンタさん、来てくれてありがとう!」
その声に続いて、あちこちの家から子どもたちが出てくる。
玄関の前、ベランダの上、公園の滑り台のてっぺん。
それぞれが空に向かって手を振り、笑顔を浮かべた。
夜風が通り抜け、子どもたちの声が重なり合う。
「サンタさーん!」
「こっちにも来てー!」
美羽は息を吐き、凍った手を胸に当てた。
「ほんとに、いるんだね」
その瞬間、空を横切る光がひとつ、予定にはない軌跡を描いた。
他のドローンより高く、静かに滑っていくソリのような影。
その後ろに、小さな星屑の帯が残った。
風が吹き抜け、声が空へと吸い込まれていく。
――「サンタさん、ありがとう」
その夜、美羽の家のポストには小さなカードが入っていた。
緑のインクでこう書かれていた。
「サンタあいこうかの みんなへ
今年も ちゃんと来たよ」
美羽はそれを手に、窓の外を見上げた。
遠くの空には、まだ一筋の光が、ゆっくりと町を照らしていた。
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