「ラキアスは帝国の皇子ですよ。彼の結婚は帝国の未来に関わります。彼の婚姻に対して無闇に口にするのは危険だと思いますよ」
私が注意するとエイダンはむくれたように押し黙った。
ミラ国に頻繁に訪れていたラキアスが来られなくなったのは、彼が本格的に婚姻を考えなければならない年齢になったからだろう。
レオハード皇帝陛下は豆粒国家の王女などと彼を結婚させたくないのは想像がつく。
私との結婚は帝国にとって何のメリットもないどころか、帝国の文化とは違うミラ国の文化を持って来そうなのもデメリットとして考えられてそうだ。
「いくらお2人が思い合っていても難しいのですね」
リリアンの言葉に私は言いようのない罪悪感が込み上げてきた。
私はラキアスの支援を必要としているが、彼がいなければ生きていけないというように愛したことはない。
でも、彼の支援が必要なので彼と一緒にいる時は仲睦まじくしている。
男にぶら下がった生き方をしたくなかったが、ミラ国を安全に保つためにはどうしても彼の力が必要だった。
「個人の意思など関係ないのが、帝国の婚姻ですよね。ミラ国は一夫一妻制を取り入れて、一気に婚姻に個人の意思が反映されるようになりましたね」
私はラキアスへの罪悪感からか、微妙に話を逸らした。
「やはり、ただ1人しか妻にできないとなると愛する人と一緒になりたいと考えるのではないでしょうか。国王陛下が亡くなられた王妃様を思い続ける姿勢に皆が感銘を受けてます。国の代表のそのような姿を見て、自分は妻をたくさん取り続けたいなどとは男は思っても言いづらいでしょう」
リリアンが茶化すように言った言葉に私は思わず笑ってしまった。
「正直、昔は継母ができるのが嫌だと思っていたのですが、自分が成長するとお父様にも生涯を共にするお相手ができても良いと私は思ってますけどね」
「ミランダ王女も大人になったのですね」
相変わらず無礼な感じにエイダンが私を茶化して来た。
♢♢♢
ドン、ドン。
真夜中、何だか不穏な音がして目が覚める。
目を開けると、私は振り上げられた剣で斬られる直前だった。
私は恐ろしさに思わず目を瞑った。
脳裏にエイダンやラキアス、この世界で出会った人間たちの顔が駆け巡る。
最後に瞼の裏に浮かんだのは、やはりミライだった。
顔に何か暖かいものがかかったかと思って目を開ける。
「ミランダ王女、無事ですか?」
扉の外で護衛をしていたエイダンが入室してきて、謎の男を始末してくれたようだった。
床に転がり息絶えている黒づくめの男は暗殺者だろう。
「怖かったです。エイダン良く気がついてくれましたね」
私が顔に手をやると血がついた。
私はどこも痛くなくて怪我をしていないから、暗殺者の血だろう。
「もっと早く気がつくべきでした。怖い思いをさせて申し訳ございません。ミランダ王女、そんなに震えないでください」
エイダンが私のことを心配して抱きしめてきた。
「どこから忍び込んだのでしょう。この部屋には窓もないのに」
暗殺対策の為に窓もない部屋の一体どこから忍び込んだのだろう。
「天井裏に潜んでいたようです。暗殺者を雇った者がいるようですね」
開け放たれた扉から何が起きたのか恐る恐る見つめてくる使用人たちが集まってきた。
エイダンは私を抱きしめていた手をそっと緩めて、私を心配そうに見つめている。
「今から、緊急貴族会議を始めます。首都の貴族に通達をしてください」
「今からですか? 明朝、使いを出した方がよろしいのではないですか?」
執事の焦ったような言葉を手で制する。
私の命を狙った人間の見当はついている。
このような野蛮な手段がまかり通らないことを、一刻も早く周知しなければならない。
そうでなければ暗殺という手段がまかり通る国になってしまう。
「血を浴びでいる私の姿を見て、今が緊急事態だということに気がつけませんか? 貴族たちには私は暗殺され死んだものとして伝えた上で緊急招集してください」
集まった使用人たちに今後の指示をする。
使用人たちは戸惑いつつも、私の指示に従って貴族たちに使いを送る準備を始めた。
「ミランダ王女、何を考えているのですか?」
「私の命を踏み躙ろうとしたものへの復讐です」
私が本当に復讐したい相手は元の世界にいる夫だ。
この世界にきて、たまに彼を思い出すと言いようのない怒りが込み上げた。
彼は私を最初から弄び、長きに渡り尊厳を踏み躙ってきた。
彼に復讐できる機会が訪れる可能性は極めて低い。
もう、私は10年以上この世界に生きていて元の世界に戻れるかは分からない。
でも、今の私は元の世界にいた時のように自分の尊厳を踏み躙られて泣き寝入りする女ではない。
だから、私の命を狙った相手も徹底的に叩きのめすつもりだ。
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