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#ワンナイトラブ
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リビングから現れたその人は図らずとも不機嫌そうに私達を見ていた。私とあろう者が、常葉くんの帰宅に気付かなかったとは不覚だ。
「常葉くん、おかえりなさい」
「うん」とだけ常葉くんは言うと、目から笑顔を消した。
「で、何してんの。|蓮聖《れんせい》」
「なにって、上の部屋借りよーかと」
「先に言えっていつも言ってるじゃん」
「ごめーん。ついでに彼女は貸してくんないの?」
再びシルバーのリングが私に向かう。
……何故、私?
「………え?」思わず口から声が漏れると、常葉くんがその手を払った。
「貸さねーよ、さっさと帰れよ」
「え、どうした樹。熱でもあんの?」
「……蓮聖」
静かな抑揚がその名を呼ぶと、彼は「分かった分かった」そう軽い返事をして手を翻した。
「じゃーね、樹。ハグ魔な彼女も」
「ちょっと!!」
まさかその事を告げられるとは思わず、声を張り上げるけれど、閉ざされた扉により遮られてしまった。
その人が居なくなると、何故か空気が重く膨らんだ心地さえした。
……早く帰ってきて欲しかったのに、蓮聖とか言うあの人のせいで台無しだ。
心の中でため息をこぼしてソファーに座る。
「……何話してたの?」
常葉くんの声色が、いつもよりも低い気がした。だけど普段と変わらずスーツのジャケットをソファーに落とすとネクタイに手を掛けている。
……確か、軽い人が好きなんだっけ。
昔のことを聞いたり、それでいちいち気にするの、これも重いの?
わかんない、どれが正解なのか、心の傾け方が分からない。
「……内緒です。それより、柿原さんも来てました?」
「……来てましたよ」
「私も行きたかったな」
何で柿原さんが呼ばれて私に話が来なかったんだろう。
私も同じチームだったのに、抜けたらもう意味は無いって事なのかな。それとも、男性が多いから若くて可愛い子と一緒に飲みたいって事なのかな。
……じゃあ仕方ない。
飲み会のことと言い、さっきの人と言い、今日は厄日かな。
立てた膝の上に顎を乗せて口を尖らせていれば、隣に常葉くんが座った。
ふわり、その甘い香りはいつもと少し違うフレーバーを連れてくる。
「依愛ちゃん、こっちおいで」
その綺麗な顔に乗るのは満面の笑みなので、私が安心するには簡単な材料だった。
素直に脚の上に跨がると、静かにそこへ腰を落とした。
同時に眼鏡を外されて、視界が常葉くん以外柔く滲み朧気になる。直ぐに腰に手を回されると私の身体は簡単に捕まった。
首筋と鎖骨にキスが落ち、普段は穏やかなその瞳は冷たく見上げた。ぞくり、背筋が甘い疼きを伴って震える。
「俺言いませんでした?」
甘ったるい声が頭の奥で低く響く。それだけで脳が蕩けそうになるのを何とか堪えて、「何が?」と問いただす。
「隙あるよって、忘れたの?」
あぁ、確かにそんな事を聞かされた。と、ぼんやりと頭の片隅でその事実が蘇る。
でも……隙と言われても、今日のは仕方ない。
「男の人来るって、知らなかったし…それに、常葉くん帰って来たって思った方が強くて、その、」
「言い訳は良いから」
私の反論を打ち消した常葉くんは、サテン地のワンピースを撫でるようにお尻から太腿へと手を這わせる。
「他の男の前でこんなカッコしたらダメですよ」
シャツワンピースの裾を引っ張りながら、私を射抜くように見上げる漆黒の瞳。
下から覆うように唇が塞がれると、ワンピースの裾から簡単に手が侵入して私の肌を滑る。
その都度びく、と、だらしなく震える身体を隠したくて、唇が離れた隙に後頭部に手を回して顔を埋めた。甘い香りは煙草の匂いでかき消されていて、いつもと違う人のようだ。
「……タバコの匂いがします」
「吸う人多いから、仕方ないですね」
「常葉くんは、吸わないの?」
「……辞めました」
いつまで吸ってたんだろ、見たかったな、そんなのは心に押し込めて「ふぅん」とだけ声を零す。