テラーノベル
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7月半ば、七夕の熱気も冷めやらぬ赤坂の「城」を離れ、俺は再びあの「戦場」へと向かっていた。
シズちゃんの父、輪島組長のギプスが外れた祝いの席。
場所は赤坂のタワマンとは対極にある、築古の木造アパート201号室だ。
天利「(……ここがシズちゃんのルーツ、蓼原家か)」
6畳二間の2K。
使い込まれた柱や畳の香りが、この部屋でシズちゃんが「軍師」として育った時間を物語っている。
玄関にはシズちゃんの母親……これまたシズちゃんをより凛とさせたような、迫力のある女性が立っていた。
シズ母「あら、天利さん。狭いところだけど、どうぞ。
……そこの大きなのは、適当なところに置いといて」
天利「お邪魔します」
天利「(シズちゃんも数十年後には、あんな風なマダムになるのか……悪くないな)」
天利「……これ、つまらないものですが」
俺が差し出したのは、シズちゃんから「父はこういうのが1番喜ぶから」と助言された、最高級の昆布と、最高級の「いなごの佃煮」の詰め合わせだ。
部屋の奥では、ギプスが取れて自由になった右腕を誇示するように、輪島組長が座っていた。
輪島「……おう、来たか。天利の親分」
天利「ご無沙汰しております、輪島の親分。
お怪我の快復、心よりお喜び申し上げます」
シズ母「固いねぇ……」
シズカ「おヤクザさん同士だし仕方ないわよ」
挨拶もそこそこに、食卓には「ちゃんとした食事」……大量の刺身の盛り合わせと、母上特製の唐揚げが並ぶ。
先日、シズちゃんと食べた「余裕を食う」きゅうりのサンドイッチとは正反対の、命を繋ぐための「気合の飯」だ。
輪島「そういやこのあいだ、たまたま近くを通りかかったんでチラっと見に行ったんだけどよ。
アンタがウチの娘を囲ってるタワマンデケェな……。
しかも最上階だろ?」
シズカ「気分はラプンツェルですわ」
シズ母「アンタがラプンツェルならママはマザー・ゴーテルかい?
数十年ぶりにソバージュでもかけようかね〜?」
シズカ「そっち!?
ならば天利さんがユージーン、お父様は……パスカル?」
輪島「なんでアライグマが出てくるんだよ?」
シズ母「それは“ラ”スカル!」
シズカ「パスカルはラプンツェルの相棒のカメレオンです」
輪島「俺、カメレオンかよ!?」
天利「ははは……。
最初は、ごく普通のマンションか一軒家を探すつもりだったんですけど、彼女の事を色々考えてたら部屋数とか広さがとんでもないことになってしまって……」
シズカ「最初に部屋の間取り図見せてもらった時は思考が止まってしまいましたわ」
天利「ごめんね」
輪島「……俺はなぁ、シズが『オーガ・プライムフーズ』なんて立派な会社に入ってくれたのが、人生最大の自慢なんだよ」
天利「(……もし義父さんが、その会社の創業者が『奇食Lover』なんて異名で呼ばれている食道楽男だと知ったら、どう思うんだろうな……。
……さらに言えば、娘さんはそこで『不気味な影』と一緒にWeb会議に出てるんですけどね……。
あの時の影が、まさか自分だとバレたら、このアパートも戦場どころじゃ済まなくなるな……)」
酒が進むにつれ、輪島組長の威勢が良くなっていく。
父親として俺にマウントを取ろうと必死なのが伝わってくるが……。
輪島「おい、天利!シズカに苦労させたら承知しねぇぞ!
俺の右腕はもう動くんだからな!」
シズカ「お父様。……さっきから、天利さんに失礼ですわよ」
シズちゃんが、先日の「アフタヌーンティー」の時のような、冷徹かつ上品な笑みを浮かべて、父親の前に「いなごの佃煮」をスッと差し出した。
シズカ「そんなに元気なら、前会長からいただいたこの『珍味』、全部召し上がってくださいな。
滋養強壮にいいそうですわよ?」
輪島「……げっ、いなご……。
いや、シズカ、俺は……」
シズ母「あら、いいじゃない。
あんた、さっきまで威勢が良かったんだから、全部食べなさいよ。
残したら、次からは家への出入り禁止だからね」
輪島「……はい。……いただきます」
広域暴力団の三次団体の組長が、妻と娘の連携プレーの前に、まるで借りてきた猫のように小さくなって佃煮を咀嚼し始めた。
天利「(……なるほど。これがこの家の『序列』か。
俺の城での最下位も、この血筋ゆえのものだったわけだ)」
食後、少しだけシズちゃんと2人でアパートの狭いベランダに出た。
176cmの俺にはあまりに窮屈な空間だが、見上げる夜空には、先日2人で飾った笹の葉のような、細い月が浮かんでいた。
天利「……何者にも脅かされないこと。
それが俺の今の夢なんだけどさ。
……このアパートの、この騒がしい平穏も、俺が守らなきゃいけないものの1つになった気がするよ」
シズカ「……天利さん」
シズちゃんが、俺の大きな手に自分の手を重ねる。
シズカ「お父様はああ見えて、天利さんが持ってきてくださった昆布、さっきこっそり『これで出汁を取った味噌汁が飲みたい』って喜んでいましたわ。
……不器用な人なんです」
天利「……そうか。なら良かった」
俺は、タワマンの最上階とは違う、地面に近い場所にある「家族」の温かさを噛み締めながら、ようやく本当の意味で、この「再戦」に勝利したことを確信したのだった。
コメント
1件
おお、シズちゃんの実家訪問か! 輪島組長のギプス祝いってことで緊張するかと思いきや、シズ母とシズちゃんの連携プレーであっという間に「いなごの佃煮」で大人しくなる組長、笑ったわw この家の「序列」が天利さんにも伝わって、なんかほっこりしたな。ベランダでの「地面に近い場所にある家族の温かさ」って表現、めっちゃ沁みた。タワマンじゃないけど、ちゃんと天利さんが守るべきものになったんだなって感じがして良かった!
🧡
81
98
nappa
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