フレチェリカさんとゴーガンさんは宿へと引き上げていきました。
私はユーヤが住み着いている教会近くにある家へと向かいました。
果たして彼は戻ってきており、扉をノックすると直ぐに顔を出してくれました。しかし、その顔は少し思い詰めているように見えます。
「勝手に先に帰ってしまって済まなかった」
「それは良いのですが……」
そう言ってユーヤは扉を大きく開き招き、私を中へと招きました。
それに応じて中に入れば、狭い部屋にはベッドとタンス、小さな机という質素な暮らしぶりです。こんな所がユーヤらしいなと感じてしまいます。
「あいつらは?」
「お2人なら宿に……しばらくはリアフローデンに滞在すると仰っていました」
ユーヤは「そうか」と呟くと黙り込んでしまいました。私はそれをジッと見詰めながら彼が自分から告白するのを待ちました。
「俺はこの世界の人間じゃない」
「……」
どれくらい沈黙が続いたでしょうか。
それはポツリ、ポツリと、ですが血を吐くような思いの吐露。
私はただ彼の傍で佇み、ただただ黙って彼の苦悶を受け止めました。
「俺は勇者としてこの世界に無理矢理に呼び出され、魔王を倒せと命じられた。その暁には元の世界へ帰してくれるとの約束だった……」
彼はただ帰りたかっただけ……
自分自身のいるべき世界に……
だから、魔王を倒すために強くなったのです。
そして、ユーヤは戦場へと身を投じたのです。
その戦いの中でアシュレイン王国はユーヤに酷い仕打ちをしました。だからユーヤはこの世界の人々を信用できずに1人で戦っていたそうです。
そんな彼と普通に接してくれたのが、先程のフレチェリカさんとゴーガンさんだったそうです。
「あいつらのお陰で俺は心が折れずに戦えた。そして遂にスターデンメイアを奪還した」
ところが凱旋で戻ったユーヤに待っていたのは残酷な現実。
「俺に帰る術など無かった。全ては奴らの嘘だったんだ」
勇者を必要とした王家や貴族達はユーヤを騙し、出来もしない約束で彼を縛りました。
「俺はもうこんな世界の奴らの為に戦いたくない!」
それはユーヤの悲痛な叫び。
彼は戦う理由を失ったのです。
「こんな俺に幻滅したか?」
力無く自嘲するユーヤに私は静かに首を横に振りました。
ユーヤはそれを見て再び語り始めました。
「その時ミレの話を思い出した」
「私の?」
「冤罪で王都を追われ、辛い辺境に送られても人々の為に働く辺境の聖女」
彼の真摯な瞳がじっと私を見据えます。
「俺は騙されて、心が折れて、もう戦えなくなってしまった。だけど君は俺と同じ境遇にありながら、それでも前に進んでいる。その理由が知りたくて、気が付いたらここへ向かっていたんだ」
ガシッと私の両肩を掴むユーヤの瞳は揺らいでいました。
「ミレは王族が、貴族が、この国の連中が憎いとは思わないのか?」
今度はユーヤが黙って私の言葉を待っています。
「憎かったのか、悔しかったのか、当時の私にそんな気持ちがあったのかはもう覚えていません」
彼は自分の気持ちを私にぶつけたのです――
「ただはっきりと覚えているのは『何故?』と思った事だけ」
――だから私は偽り無い心の内を曝け出しましょう。
「何故、何故、何故と何度も自問しました。どうして私はこんな目に遭うのかと、そればかりを考えました。今にして思えば王都での私は人の為と言いながらきっと誰かに認めて欲しかっただけなのです。他人なんかではなく、自分が自分を認めれば良いだけなのに。そんな事も分かっていませんでした」
思い出されるのは王都での日々。
「私って頭でっかちなんですよね。何にでも理由を求めて、頭で考えてばかりで。だからエンゾ様はいつも私を優しく諭してくださっていたのに、それさえも理解できていませんでした。それをシスター・ジェルマに諭され、そしてやっとエンゾ様の教えが胸にすとんと落ちてきたのです」
長々と話す私を今度はユーヤが黙して真剣に聞いています。
だから私は語るのです。
「ずっと私を導いてくださったエンゾ様もお亡くなりになりとても悲しかった。ですがあの日には帰れません。後悔も悲しみも喜びも幸福も時間は何もかもを飲み込んでしまいます。ですが、捨てられた私をこの地は優しく迎え入れてくれたのです。だから今はこの地に根を張り強く生きる全ての生命とただ穏やかに過ごしていきたいのです」
「シスター・ミレとして?」
ユーヤの問いに私はこくりと頷きました。
「エリーは自分のことをヒロインだと言っていました。そして私を悪役令嬢だと……いったい人の持つ役割とはなんでしょうか?」
それは私がリアフローデンの暮らしで教えられたもの。
「周囲は1つの物語に個人を『役』に当て嵌めます。でもその物語が終われば役者は必要なくなります。しかし、その後も人生は続くのです。だから分かったのです――」
それがリアフローデンで辿り着いた私の真実。
「――私は『聖女』でも、ましてや『悪役令嬢』なんかでもなく……ただの『シスター・ミレ』なんだって」
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