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「均様ーー!」
「童児や!」
と、呼び合う声と、表と内を人が行きする、バタバタした状態がくりひろげられているが、当然ながら、そこで、旦那様、奥様、という声は聞こえない。
その頃、旦那様と呼ばれるべき孔明は、げんなりとして、寝台に腰かけ、さて、どうお引き取り願おうかと、待たせている面々の事を思っていた。
「あらまっ、もしかして、また、お熱が?」
童子から、孔明が果てていると聞かされた月英は、寝室へ顔を出した。
「あーー!もう!黄夫人!あなたという方は!どうするおつもりですかっ!」
「まあーまあー、旦那様、頭から湯気が出ますよっ、また、お熱がでたらどうします?」
「そんな、湯気なんか、出ないでしょっ!」
もうー、たとえ、ですよ、物のたとえ、と、月英は、言いながら、はい、と、皿を孔明へ手渡した。
「ん?これは、棗《なつめ》ですね?でも、なんだか、今までの物と異なりますね?」
言いつつ、口へ運ぶと、至極甘いものだった。
これは、うまい!と、孔明は、一つ、また、一つと、口にする。
と──。
うわあーーーー!
きゃーーーー!!旦那様!!!
家の中から、男女の叫び声がした。
荷運びをしている、均と童子は、特に焦ることもなく、これで、最後か、次は……とか、段取りを組む事に集中している。
じっと拱手を続け、孔明を待ち続けている劉備は、捕らえた叫び声に、驚きを隠せない。そして、均と童子が、何事もないかのように振る舞っているのも、ひどく、驚きだった。
「……くっ、致し方ない!すまん、失礼するっ!!!」
ただ事ではない叫び声に、誰も動かぬと、焦れた劉備は、家の中へ駆け込んだ。
「均様」
「うん、童子、上手く行ったようだな。後は……」
二人の視線の先には、木陰に座り込んで、兄じゃも、どうじゃ?と、干し肉を関羽に勧める、張飛がいた。
「やい!張飛!」
童子が、叫ぶ。
ぞんざいに呼ばれ、張飛は、童子を見る。
「なんじゃ、こわっぱ!」
「なんじゃ、じゃないよ。あんた、干し肉ばかりかじって、何してんだよ」
なにっ!と、意気込む張飛を関羽が、なだめようとするが、童子は、続けた。
「こっち来なよ、干し肉食って、喉乾いたろ?」
「お?おお、まあ、そうじゃが?」
ぽかんと、している、張飛と関羽に、早くしな!と、童子再び叫ぶ。
肩を揺らす均に、二人は、更に、訳がわからぬという顔をして、取りあえず、言われるままに、童子の後をついて行った。
そして、その頃──。
「あーー!黄夫人!どうしましょう!余りの甘さに、棗を三個以上、食べてしまいましたっ!!あぁ、徐庶《じょしょ》に、棗は、三個までと言われていたのに!」
息も絶え絶えになりながら、孔明は、床《とこ》に転がった。
「いやだわっ!私《わたくし》未亡人になってしまうの?!」
「あー、残念ながら……三個に留めておかなかったゆえに……」
「旦那様?!桃は?」
「は?!桃?」
「はい、桃、二個で命を落としたのですよ?斉の宰相、晏子《あんし》は、三人に、桃を二個渡して、取り合いさせた。結局、行いを恥じた三人は、自害する……」
「ああ、梁甫《りょうほ》の吟ですね」
が、そうだ……これは、棗だ……。と、孔明は、呟くと、ムクッと床から起き上がり、黄夫人!と、声を荒らげた。
「そうです!三個、いや、三国ですよっ!二国だから、争う、命も狙われる。しかし、三個、三人が、それぞれ、国を持てば!」
あらっ、旦那様、お客様のようですわよ?
と、月英は、部屋の入り口に佇む、劉備の姿を指し示した。