「え?お客様……」
月英に言われ、部屋の入り口を望んだ孔明は、ひいっ、と、息を飲む。
顔面蒼白の、劉備が、立っていた。
「も、申し訳けございません。許可なく、足を踏み入れて、しかしながら、叫び声が聞こえては、何事かと思い……」
劉備は、言い、口ごもる。
「い、いえいえ、いえ!こちらこそ、申し訳なく、いや、申し訳ございません!!何やら、あれこれ、かれこれの事を、しでかしてしまった、と言いますか……黄夫人!あなたも、謝らねば!」
「えーー!私《わたくし》が?」
ごねながら、月英は寝台に腰かけ、棗を摘まみ始めた。
「あーー!!三個、三個までですって!そんなに食べると、未亡人どころか、私が、寡《やもめ》になってしまいます!!」
「あら、その方が、都合がよろしいのでは?劉備様の、薦めで、新しく、若いおなごを娶られて……きっと、鼻の下を伸ばされることでしょうねっ!」
では、私《わたくし》は、これにて。後は、お二人でどうぞ──。
実に不機嫌なまま、月英は、部屋を出て行った。
「あー!黄夫人!」
「あ、あの、……」
あわてふためく孔明へ、劉備が声をかけた。
実は、先程から不思議に思っていたのだ。
なぜ、黄夫人、なのか──。
黄家の娘であるから、なのだろう。しかし、夫人、と、孔明が、かの、侍女をわざわざ呼ぶのは、なぜだろう。
「先生、ぶしつけなことをお伺いいたしますが、先程の侍女は……」
「ああー、何故か、侍女になってしまうのですよねぇ、何故でしょうか、ああ、それも、気にくわない、そうだな、きっと」
孔明は、誰に語るともなく、ゴニョゴニョと、独りごちている。
この様子に、まさか、と、劉備は思うが、落ちつきなく、うろうろしている孔明へ、どう、声をかけるべきか、躊躇してしまう。
しかし、ここ、に、来た意味は?そして、やっと、望む人物に出会えたのではないか?
そういえば……。
「先生、先生が、おっしゃっていた、三国、について、お話し願えませんか?」
劉備は、梁甫《りょうほ》の吟に、出てくる、桃の数に例え、天下を一つとするのではなく、三つに分けよと、力説していた孔明の姿を思い出す。
時折、国土をそれぞれが国とすべき、という、考えを耳にすることはあったが、孔明ほど、はっきりと、三分割、三国に、分けて統治せよと、言い切る人間は珍しかった。
侍女の事も、正直、気になる劉備だったが、それ以上に、三国に分ける教えを受ける為、自分は、ここにいる、そんな気がしていた。
「は?三国?ああ、ただの思いつきで……、二国とは、力の差がありすぎ、侵略を防ぐのが、精一杯。ならば、侵略をふせぐ、独立した土地、つまり、一国とした方が、今は、効率が良いのだろと、そう考え……、まあ、現実味のない、馬鹿げた話と、お笑いください」
「いや!!」
劉備は、叫び、先生!!と、孔明に、攻め寄った。
「それは、どのような、仕組み、いや、策略で、成し遂げられるのでしょう?そして、本当に、三国になった場合、均等は、取れるのでしょうか?」
真顔の劉備に、孔明は、何かしら嬉しさを覚えた。
まるで、師匠の所で、門下生達と、討論しているようではないか。
「劉備様、取りあえず、こちらへ」
実は、ここは、寝室なので、腰を下ろす場所は、ここしかないのですがと、寝台を勧める。
二人して並んで座ると、孔明は、月英が、残して行った、皿を取る。
「おや、棗が、ちょうど三個残っている。つまり、これが、北方、そして、これは、南方、に、なります。では、残りの一個は……」
「この地……」
二人は、皿に乗った棗を動かしながら、天下を三分《さんぶん》する意味を、語り合った。
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