「俺も芳乃の事が好きだ。絶対に幸せにするから、俺の手をとってくれ」
暁人さんは絶対に言ってはならない言葉を口にし、幸せそうに笑う。
(なんでそんな事を言うの……)
本当に、彼が何を考えているのか分からない。
優しくて人格者の御曹司と思っていたけれど、本当は女性関係がとんでもなくだらしのない人なんだろうか。
女性関係以外は完璧だから、みんな彼の行動を許してしまっている?
彼自身も、とても常識人と思っていたけれど、実は倫理観が欠如している?
急に目の前の素敵な男性が、理解できない怪物に思えて恐ろしくなった。
好きだからこそ、彼には理想の人であってほしいのに。
でも、「理想通りの人でいてほしい」なんて、押しつけがましい。
暁人さんは美形の御曹司だけれど、ただの〝人〟だ。
他の要素が優れているからって、すべて完璧である事を求めるなんて、芸能人の人間らしい一面を知って幻滅しているファンみたいなものだ。
「……お願いです。……もう、こういうのやめましょう」
懇願しても、私が関係を終わらせたい理由は〝自分を好きだから〟と思い込んでいる暁人さんは引く様子を見せない。
「俺の事を好きになって。勿論、この家を出て行く必要もない」
暁人さんは熱っぽい目で言い、私の背中と膝の裏に手を回すと、グイッと抱き上げた。
「あ……っ、暁人さん!?」
――駄目! このままじゃ……!
抵抗しようとしたけれど、彼は廊下を進むとベッドルームに向かう。
大きなベッドに横たえられた私は、すぐ起き上がると、こんな事は望んでいないと訴えようとする。
「あの……っ」
伝えようとしても、目の前で暁人さんがTシャツを脱ぎ、鍛えられた体を惜しげもなく晒すので目を逸らしてしまった。
彼はベッドの上にTシャツを放り投げ、マットレスをたわませて私に迫ってくる。
「君を抱きたい。……芳乃が好きなんだ」
私を押し倒した暁人さんは、射貫くような目で見つめてくる。
そのまっすぐな目は、不倫をしている人の目に思えない。
(あなたが分からない……)
困り切って溜め息をついた時、彼はベッドの上に広がった私の髪を手に取り、毛先に口づけてきた。
「ずっと君だけを見ていた。……だから、抱かせて」
囁く声は、真摯な想いに溢れている。
少なくとも私を想う気持ちに偽りはないように思えて、ますます混乱する。
――ずるい。
――嫌いにもならせてくれないんですね。
ひたすらに愛を乞う彼を見て、私が感じたのは諦めだ。
――この人はきっと、私が何を言っても変わらない。
――グレースさんと一緒にいる現場を見たと言っても、上手く誤魔化されるかもしれない。
――言い訳をする暁人さんなんて見たくない。
――それなら、本当にもう終わりにしよう。
「……あの、ごめんなさい。ちょっと頭を冷やしたいんです」
私は彼を押しのけるようにベッドから下りると、微笑んでみせた。
「トラウマもあるから、恋愛には慎重になりたいんです」
こう言えば優しい暁人さんは引かざるを得ないと分かった上で、そう言って予防線を張る。
案の定、彼はハッと気づいた表情をして、ベッドの上に座った。
「……ごめん。暴走してた」
「いいえ。……あの、ちょっとカフェに行ってきますね。お互い、もう少し冷静になったほうがいいと思うんです」
「……確かに、君の言う通りだ」
彼の了承を得た私は安堵して胸を撫で下ろし、乱れた服を整える。
「仕事を始めてずっとノンストップで走り続けてきた気がするので、たまに甘い物でも食べて気分転換しますね」
「ああ、分かった。気をつけて」
「行ってきます」
私はベッドルームを出て溜め息をつくと、自室へ行って外出着に着替え、バッグを持って家を出た。