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「なんで、お前がここにいるんだよ。ラヴァイン」
「何でって、心外だなあ。兄さん。ここは、俺の家でもあるんだけど?」
ごもっとも。
いや、私も、アルベドと同じ反応だったけれど。
(アルベドもそうだけれど、なんで……ここにいるのよ)
アルベドと再会したときも、まあ、この兄弟は似ているなあ、なんて思いながら、私は後ろから顔を覗かせる。何も変わっていない彼がそこにいる。本物のラヴァインと別れてから、どれくらいの時間が経っただろうか。彼は、私が殺されたことすら知らないかも知れない。何も知らない状態で、世界がまき戻って……
そもそも、彼との付き合いは、主に災厄が終わってからだったし、それから、記憶喪失になってうんたらかんたら……いや、今思えば、長い付き合いだったのかも知れないけれど。
そんなことを思っていると、キッと満月の瞳が私を射貫いた。
「それで、兄さん、そいつ誰」
「ああ?」
ラヴァインは身体をグッと動かして、私の方を覗いた。何となく、顔を合わせちゃいけない雰囲気で、思わず、アルベドの後ろに隠れる。ぎゅっと彼の服を引っ張っているから、シワになってしまったら申し訳ない。でも、そんなことを気にしていられる状況じゃなかった。
(何か、怒ってる?)
声のトーンは別に普通通り。けれど、彼の周りに漂う魔力がピリピリしているように感じた。この時のラヴァインは私と出会っていなかったし、災厄の影響をバリバリ受けていたし……
出ようにも出られない空気で、私はアルベドの後ろで震えるしかなかった。知り合いだけれど、元は敵だった。まさに今はその状況で、私は下手に動いたら殺されるかも知れないと思ってしまったのだ。だって、ラヴァイン、かなり荒々しいし……
「お前には関係ねえな。つか、ほんと何でここにいんだよ」
「いちゃダメな理由は?」
「ヘウンデウン教にお前が入ったって言う噂を聞いたからだ」
「それ、滅茶苦茶前のことじゃん。何?やっぱり、兄さん、頭おかしくなったの?」
と、ラヴァインはケタケタと笑っていた。
アルベドは、前の世界の記憶があるから、今のラヴァインを受け入れられないのかも知れない。話しても、話が通じないのは仕方がないこと。長い間、わだかまりのあった彼らはそれらを解消して、少し前に進めたのに、それがリセットされて。今、アルベドはどんな気持ちなのだろう。
私も、トワイライトが全てを忘れていたら、と思うと凄く辛いし、私との思い出も、和解したあの心も全て無かったことになっていたと思うと……
ギュッと、知らないうちに私を爪が食い込むまで拳を握っていた。アルベドからしても、やっぱり辛いことなのだろう。自分を追い詰めた人間かも知れないけれど、ラヴァインは、アルベドの弟なわけだし。
「おかしくなってねえよ。そーだよな、お前は記憶がねえんだから」
「は?何それ。ほんと、おかしくなった?」
ちらりと見れば、ラヴァインの眉間に皺が寄っていた。アルベドは、思い出させようとしているのだろう。けれど、ラヴァインにはその予兆がない。ふと、彼の頭上の好感度を見てみれば、マイナス5%と表示されている。何もしてないはずなのに!? と、私は瞬きした。
「もしかして、その女が兄さんのこと狂わせたの?」
「ひっ」
目が合った。睨まれた。私は、パニックになって、さらにアルベドにしがみつく。アルベドは何も言わなかったし、一歩も動かなかった。アルベドが、まき戻った世界で、ラヴァインと会うのは初めてなのかも知れない。それに、自分に記憶があったからこそ、覚えているんじゃないかって淡い期待もあるのかもと……
「ラヴァイン、まず、誰から聞いた?」
「何のこと?」
「此奴のこと……だから、戻ってきたんじゃねえのか?」
アルベドはそう言って一歩前に出た。動かないで欲しい! と思ったので、腰から変な音が出る。いたい。
けれど、アルベドの言葉を聞いて、何となく嫌な空気がまた流れ始めた。
(待って、私がいるって、アルベドが私のせいで狂ったかも知れないって誰かが、リークしたってこと?)
心の中に、ずんとした黒い何かが這いずり回る。誰かがリークしなければ、アルベドがおかしくなった(実際にはおかしくなってないんだけど)、なんてことラヴァインが知るはずもないのだ。そもそもラヴァインは、アルベドの元から結構離れていたって聞くし……
(いや、まさか……そんなこと、ある、の?)
パッと浮かんでしまったのは、ノチェ。でも、アルベドに恩義を感じているし、アルベドを裏切るようなタイプではないと思う。疑ってしまったのは申し訳ないと思っているけれど、もし、知っている人が裏切り者だったらと思うとゾッとする。でも、あり得ない話ではなくて、公爵家は、アルベドの勢力と、ラヴァインの勢力で二分割されていたって聞くし……あながち、おかしいことじゃないかもと。
アルベドは、ラヴァインを絶えずその満月の瞳で見つめている。ラヴァインも一歩もそこを動かない状況だった。
「おい、どうかって聞いてんだよ。答えろ、ラヴィ」
「……別に、使用人から聞いたわけじゃないよ。ただ、銀髪……いや、何でもない。まーまー、ヘウンデウン教のお偉いさんに?一回家に帰ってみろって言われてさあ。お偉いさんがそう言うってことは、何かあるんじゃないかなあって思って帰ってみれば、これ。ビンゴじゃんねえ」
「……そいつってまさか」
ちらりと、アルベドかこちらを向く。私も、心臓をわしづかみにされるような痛みが走る。銀髪って、口を滑らせたから、すぐに私とアルベドの頭の中に彼女の姿が呼び起こされる。
やっぱり、エトワール・ヴィアラッテアはヘウンデウン教と繋がっていたのだと。
(でも、なんで?今、幸せなのに、ヘウンデウン教と手を組む必要があるわけ?そんなのバレたら不味いって分かってるんじゃないの?)
真意が読めない。ヘウンデウン教も手玉にとり、私の大切な人も記憶を操作して……彼女は一体何をしたいというのだろうか。混沌を倒したら、もしかしたら、今の状態では、皆にちやほやされる本物の聖女になれるかも知れない。だから、ヘウンデウン教と手を組む必要性なんてない。なのに、彼女は、前の世界と同じように、彼らと手を組んでいる。また、何かしようとしているのか、それとも……
「ラヴァイン、その銀髪の女は何処にいる」
「は?んなこと言ってないんだけど、兄さん」
「質問に答えろ」
「なんでそんなに怒ってんの?その女のせい?」
と、私を指さすラヴァイン。何が何でも、私のせいにしたいようだった。というか、もの凄くラヴァインがブラコン過ぎる。兄さん、兄さん、そして兄さんが狂ったのは私のせいだって、何かしらの理由をつけたいようだった。
黙っていられなかったけれど、アルベドの手前、下手に動くことは出来なかった。魔力は十分にある。けれど、公爵邸で、ラヴァインと衝突することになったら、他の人にも被害が及ぶんじゃないかと。
そう思っていると、一歩、また一歩と、ラヴァインの足音がこっちに近付いてくるのが分かった。
「兄さんこそ、答えて欲しいな。その女誰なの?」
「お前には関係無いだろ」
「関係あるし。公爵家の何傷がつくでしょ?ああ、それかあれ?奴隷?兄さんも悪だねえ」
「お前といっしょにするな。反吐が出る」
「……」
「…………」
私を挟んで……いや、私を中心に話を展開しないで欲しい。兄弟げんかは、よそでやって欲しいな、と思いつつ、そんなに私に怒りをぶつけたいかと、少しばかりラヴァインに顔を見せてみる。彼の瞳は黒く汚れていて、光が見えない。災厄の影響だろうか。始めあったときもそうだった気がする。
(……忘れているんだもんね。仕方ないよね……)
本当は、ラヴァインだって悪い人じゃないって知っている。やったことは消えないし、確かに猟奇的ではあったけれど、本当は、兄に認められたいだけの弟だってこと、私は知っているから。
「そんなに、アルベドが取られるのが嫌なの?」
「は?」
「……おい、えと……ステラ。あまり挑発するな。今、此奴は……」
アルベドがコソッと耳打ちするが、私だって黙っていられなかった。だって、彼にも思い出して欲しいし、彼との繋がりをなかったことにしたくない。
「正直に言えば良いんじゃない。アルベドに自分を見てって。アンタ、まどろっこしいのよ」