この世界には何億、何十億の人がいる。
その中でわたしは君を好きになった。
それはきっと、紛れもない奇跡だと思う。
*
初めての恋だった。
君は右も左も分からないわたしに優しく そして時に残酷なまでに恋を教えてくれた。
他にも君には色んなモノを教えてもらったね。
そのおかげで真っ白だった世界がいつの間にかいろんな色で溢れて、君色に染まっていたよ。
もう二度と君と過ごしたあの日々がかえってくることはないけれど、君がわたしのそばにいなくたって、日々は過ぎてまた違う明日が来る。
君との思い出が詰まったこの街にシンシンと音もなく降り注ぐ白い雪を愛おしく感じてしまうのは、 君が雪のように冷たく、そして優しく、その心に気安く触れてしまったら消えてしまいそうなほど綺麗な心の持ち主だったからなのかな?
いつになっても、どんなときでも 思い出すのはやっぱり君のことばかり。
ねえ、君は今どこにいるの?
もう一度、会いたい……君に。
*
君がわたしのために隠した とても優しくて温かい真実が 明かされたときわたしはきっと 君にどうしようもなく会いたくなって涙する。
【純恋side】
もうすぐ授業が始まるというのに屋上で青く透き通るこの空を見上げて羨ましく思っては今、自分が立っている現状に絶望する。
そんなことを繰り返してもう何回目なのだろう。
空はどこまでも続いていて、この世界を覆っているのにどうしてわたしの世界はこんなに真っ白で何も無いんなんだろう。
雲みたいに目立つわけでもなく、真っ白な画用紙に白色の絵の具で絵を描いているような、そんな色のない世界に一人で突っ立っている。
手を伸ばせば、届きそうなほど空とわたしの距離は近く感じるのにどんなに伸ばしても、背伸びをしても、結局触れることもできずに届かない。
子供の頃に一度思ったことがある。
雲の上に乗ってみたい。
雲を食べてみたい。
誰もが一度は思ったことがあるでしょ?
大人に近づく度にそんなことは心から消えていくんだ。
小さい頃は楽しかった。
わたしの世界もまだいろんな色で色づいてた。
いつからだろう。
わたしがこんなふうになってしまったのは。
勉強、受験、進路……。
色んなものがわたしに一気に押し寄せてきて知らぬ間にこんななんの面白みもないでくのぼうみたいな人間になってしまっていた。
家に帰れば、説教の始まり。
お兄ちゃんが優秀でわたしはいつも比べられて終わる。 言えば、お兄ちゃんの自慢を聞かされているようなものだ。
でも、反抗はできない。
全部その通りだし、反抗する勇気もない。
黙って聞いていればすぐに終わるし、反抗すればするだけ無駄で説教が長くなるだけだから。
これもまた知らぬ間についた悪知恵みたいなもの。
そして、学校では優等生扱い。
特定の友達もいなければ、憧れていた青春スクールライフすらない。
だから、わたしの友達は勉強だと思われてる。
本当はみんなと同じように休み時間は友達と話したり、テスト前はみんなで集まって勉強会したり、普通に遊んでみたい。
だけど、あいにくそんなことを一緒にする友達がわたしにはいない。
これもきっとただの憧れで終わる。
世界はこんなにも広いのにわたしの居場所はどこにも見当たらないように思える。
わたしも……普通の女の子になりたかった。
優等生なんかじゃなくて。
これも教育に厳しい家庭のせいなのかな?
勉強なんかできて当たり前だと思っているらしく、わたしのことなんか褒めたことがない。
そんなわたしも見放されたくなくて必死にその両親にしがみついてる。
ほんとは言いたい。
『勉強なんかやりたくない』
『もっと、自由に生きたい』
『わたしのことはほっといて』
だけど、どれも心の内に秘めているだけ。
実際に口に出すことは出来ない。
きっと、これを言ってしまえばわたしは見放される。
それが怖くて、たまらなく怖くて……わたしはいつまで経っても変われない。
だから、今もこんな窮屈な生活を続けている。
ほんとはわたしは優等生なんかじゃない。
家では勉強してるフリをして内緒で買った漫画を一人、部屋でこっそり見たり、授業だって聞いてるように見せかけて聞いてなかったり寝てたりする。
誰もわたしに興味なんかないから、わたしが優等生のフリをしているなんて気づかないけどね。
漫画の世界に行ってみたい。
あんなキラキラして輝いている世界に。
全てが眩しくて、青春と呼べるような日々を漫画の中の彼らは過ごしている。
憧れる。
わたしだって、あんなふうにスクールライフを送りたかったのに。
高校受験に失敗してからもうすぐ三年。
高校受験に落ちたことによってわたしの生活はよりいっそう勉強で埋め尽くされた気がする。
インフルエンザで本調子が出ず、その結果が不合格だ。
別にショックでも何でもなかった。
ただ、怖かった。
これでわたしは見放されるんじゃないかって……。
でも、幸い勉強という縛りが強くなっただけで見放されはしなかった。
言えば、わたしは親に飼われている子羊みたいなものだ。
きっと一生、囚われの身。
この窮屈な世界から救いの手を差し伸べてくれるようなそんな人はわたしにはいない。
でも、もういいんだ。
こんなつまらない生活を一生死ぬまで続けていくんだから。
高校を卒業して、親に決められた道を歩いて、大学に入り弁護士になって、程々の年になれば政略結婚させられて終わりを迎える。
わたしの人生は人に決められて終わる。
自分の意思なんてどこにもない。
弁護士だってなりたいからなるんじゃない。
親に勝手に決められたこと。
別に将来、何になりたいわけでもなかったからその道を選ぼうと思ってる。
というより、逆らえないわたしには親が決めた将来の線路から外れないようにしなきゃいけないんだ。
それがわたしの運命だと思うから。
「こんなところで何やってんの。もうすぐ、授業始まるけど?」
なに……?
空を見上げていると、突然後ろから聞き覚えのない声が聞こえてきた。
次の時間は適当に理由を言ってサボろうと思っていたのに人が来るなんて最悪。
「そうですね。戻ります」
視線を空から足元へさげて、後ろを振り向けばそこにわたしに声をかけた人がポケットに手を突っ込んで立っていた。
わたしに声をかけたのは学年でチャラいと有名な須藤 要くん。
彼もよく授業をサボってる。
なんの理由かは知らないけどね。
というか、最近学校にすら来てなかった。
噂では“女の子たちと毎日のように遊んでた”とか聞いたことがある。
まあ、どうであれわたしこの人のことをあんまり好きじゃない。
チャラいくせに何もかも見透かしたようなそんな目で見てくるから。
今だってそう。 サボろうと思っていたことが彼にはバレているようなそんな気がするんだ。
「別に……戻らなくてもいんじゃね?」
「……は?」
なんなの?
さっきまで“優等生の君は戻らなきゃいけない”みたいな雰囲気で話してたくせに。
まったく、何を考えてるのかわからない人だ。
「だから、戻らなくてもいいって」
さっきよりも強い口調で言った須藤くん。
なんで、わたしがキレられてんの?
普通、キレたいのはわたしの方だからね?
ムカついたから彼のことは無視して仕方なく教室に戻ろうとしたら、それは須藤くんによって阻まれた。
須藤くんがわたしの腕をぐっ、と掴んでいる。
なに……?
なにも言わずに振り返り、無言でギッ、と彼の綺麗な顔を睨みつける。
離してよ……。
わたしはどうせどこに行ったって優等生扱いなんだから。
本当のわたしなんか誰も知らない。
知ろうともしないんだ。
わたしが何を……どんなことをしたいのかも。
「ハハッ……!無言で睨むとか恐ろしいなお前」
そんなことをいって、豪快に笑っているところを見ると、本当に恐ろしいと思っているとは全く思えないんだけど。
でも、須藤くんがキラキラな笑顔を見せたとき不覚にもドキリ、としてしまった自分がいた。
誰かに笑いかけられたのなんて何年ぶりだろう。
その眩しい笑顔に思わず、見とれて吸い込まれてしまいそうになる。
見た目はかなりチャラい。
金に近い髪色、ワックスできちんとセットされた髪型、耳にはたくさんの穴が空いている。
その穴には黒のストーンやシルバーのリングのピアス、ドクロのピアスなど様々な種類のピアスがつけられており、 キラキラと光るピアスだけでも彼の存在感を放って耳を飾っている。
制服は緩く着崩れていて、ズボンは下げパンというやつ。
なのに、みんなから好かれているのはこの人柄の良さと人懐っこい笑顔をもっているからなのだろうか。
わたしには良さがさっぱりと分からない。
別にチャラいのはどうでもいい。
だけど、もうちょっと真面目になってもいいんじゃないかなって思う。
「離してください」
「離してって言われて素直に離す俺じゃないんだよね」
そういって、ぐいっとわたしを引き寄せてそのまま屋上のコンクリートの上に寝そべった。
わたしは須藤くんの上に覆いかぶさっているような状況。
な、なんなのこの状況……!?
視線を落とせば、目の前に思わず息を呑むほどの綺麗な須藤くんの顔がある。
だから、わざと視線を上に向ける。
でも、須藤くんはそれが気に食わなかったのかなんなのか、ぐっ、とわたしの後頭部を抑えて無理やり自分の方を向かせた。
必然的に絡み合う視線。
な、なに……?
このシュチュエーション。
「お前、案外綺麗な顔立ちなんだな」
そういって、ふわっ、と笑う須藤くんこそ綺麗な顔立ちだと思う。
切れ長なのに二重の目にすっ、と筋の通った鼻、丁度いいぐらいの薄さの健康的な色の唇。
嫌でもそんな顔が間近くにあると思うと、ドキドキしてしまう。
まったく、わたしらしくない。
「しかも、髪も超サラサラで綺麗だし」
わたしの腰まであるフワフワと緩い天然パーマの黒髪を少しだけ手に取ってまるで愛おしいものを見ているかのような表情をして触る。
その顔はやけに色っぽくて、だんだん自分が自分じゃなくなってるんじゃないかって思う。
いつものわたしなら、こんなことなくて冷静に須藤くんの上から退いて、対処しているはずなのに今は何故か体が動かなくて無理だ。
……なんで?
おかしいよ、わたし。
はやく須藤くんの上から退ければいいのになんでしないの?
頭ではそう思ってるのに心と体はいうことを聞かず、動かないまま。
「なぁ……」
そんな彼の低音ボイスな声が耳に届いたと思ったら、須藤くんは頭を少し浮かせてわたしを引き寄せた。
そして、彼はわたしの唇に自分の薄い唇を静かに押し付けた。
一瞬、思考回路が止まった。
え……?
いま、何が起こったの……?
「わりぃ……ついキスしたくなった」
沈黙を破ったのは須藤くんの方。
その表情からは悪びれる様子もなさそう。
……ついキスしたくなった?
冗談じゃない。
わたしは初めてだったのに……。
「あれ?もしかして初めてだった?」
その須藤くんの声にわたしは反応できずにただ黙って空を見上げた。
だって、下を向いたら須藤くんと視線がぶつかるのが分かっていたから。
「ごめん……ほぼ無意識だった」
申し訳なさそうに言うと、今度は何を思ったのか須藤くんはわたしの後頭部を抑えて自分の方へと優しく押しつけた。
わたしの視界は暗い。
と、いうより何も見えない。
いま、わたしは須藤くんの腕の中。
耳に届くのは彼の心臓のドッドッドッと脈打つ音だけと心地よい呼吸の音だけ。
緊張……してるのかな?
「ねぇ、君は真面目で有名な越智ちゃんだよね?」
突然の思いもよらない言葉にわたしの胸はどくんっ、と大きく高鳴った。
だって、あの須藤くんがこんな地味でどうしようもないわたしのこと知ってるなんて思わないじゃん。
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