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#恋愛
ばたっちゅ
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meyu0530
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「……これで終わり、か」
時刻は診療終了時刻を三十分ほど過ぎていたが、いつもよりはゆっくりできるかもしれない。
普段から昼食は慌ただしくとることが多く、時間もバラバラだ。独身時代は適当に済ませてしまうことが多かったが、今は緋真が弁当を持たせてくれている。おかげで以前より余裕をもって食事をできるようになったし、何より外で買うよりも美味しくて、栄養バランスのとれた食事が手軽にできるのだ。彼女には感謝しかない。
ひとまず休憩に出ようとパソコンの画面を切ると、診察室のドアをノックする音がした。
「伊織先生、お疲れ様です」
開いたドアから鼻にかかるような声がする。顔を見ずともわかる、下の名前で呼ぶ女性は一人しかいないのだから。
「――白鷹さん。お疲れ様」
「休憩中は下の名前で呼んでくれてもいいのに……」
「できないよ、周りに勘違いされても困るから。それで、どうかした?」
「伊織先生、何だか冷たくないですか?」
「そんなことないさ」
自分ではいつも通りのつもりだったが、きっと緋真の話を聞いて無意識に警戒しているからだろう。白鷹さんはわかりやすく不満そうな顔をしていたが、すぐに切り替えて口を開いた。
「こちら依頼があった色素性母斑の病理診断結果です」
「ああ、ありがとう」
「それから来月の学会出張の件ですが、ホテルと新幹線を予約しておきましたので後ほどスケジュールのご確認をお願いいたします。資料につきましても必要な準備があればお申し付けください。伊織先生が望むのなら同行もいたしますので」
「わかった。同行は不要だから問題ないよ」
あくまで業務上の話だが、彼女のことだから、わざわざこの件を伝えるためだけに診察室まで来たとは思えない。おそらく――
「伊織先生、これからお昼休憩ですよね、ご一緒していいですか?」
やはり、こちらが目的か。わざとらしく首を傾げ上目遣いまで向けられて、心の中でため息が漏れた。
白鷹さんの出会いは、初期研修時代にローテートした血液内科にて。実は彼女は難病指定とされる特発性血小板減少性紫斑病を患っている。症状としては明らかな基礎疾患や原因薬剤に関わりなく、血小板が減少することで出血症状を引き起こすもので、何度も入退院を繰り返していた。最近は調子が良いらしく、少なくとも俺が帰国してからは一度も入院はしていない。
白鷹さんが入院中、研修医として関わった俺は、一目で彼女に気に入られてしまったようで、退院後も何かと理由をつけて病院へとやってきた。渡米したタイミングで関わりはなくなったものの、帰国後同じ医局にいると聞いたときは、裏で手引きしたのかと疑ったほど。もちろん、そう思うのには理由があった。
「実は最近料理を始めたんですけど、まだ自信なくて……多めに作ってきたので伊織先生に感想もらえたらなぁと」
「……申し訳ないけど妻の弁当があるから。他の人に頼んでもらえるかな」
「ひと口だけでもいいんです。伊織先生のために作ったから……ダメですか?」
そう言って、懇願するように瞳を潤ませる。白鷹さんはいつもわかりやすくアピールをしてくる。結婚してからはやや落ち着いたものの、休憩時間に声をかけられたり帰りの時間を狙われたり、好意を丸出しにしてくるのだ。
直接的に告白されたわけではないから、突き放せないのだけれど、それも彼女の計算のひとつにさえ思えた。
「悪いけど、妻以外の手料理は食べないことにしてるんだ」
そんな決まりを作った覚えはないが、これくらいはっきり言ったほうがいいだろう。
白鷹さんは納得いかなかったのか、厚い下唇を噛んだ。
「ひどい……。伊織先生、父から言われてるんですよね。私のこと頼むって」
「……言われてるけど、それは業務上のことであってプライベートに関してではないよ」
「っ、でも、私が父に何か言えば立場が困るのは伊織先生ですよ?」
白鷹さんは、気に食わないことがあるとすぐに彼女の父である白鷹院長の名前を出してくる。俺が院長に頭が上がらないのを知っているからだ。
研修医時代、俺は臨床留学を目指し目まぐるしい毎日を送っていた。病院に寝泊まりする日なんてざらにあったほど。研修を受けながらも留学に必要な米国医師資格試験の勉強。そして無事合格した後も、現地の病院とのマッチング面接など、忙しいなんて簡単な言葉で片づけられるほどではなかった。
それでも乗り切れたのは、院長が初期研修の中断を勧めてくれたからだ。さらに俺のわがままで当初の予定よりも数年長く向こうに滞在することになってしまったが、院長は日本に戻って来てからも快く迎え入れ、優遇してくれた。つまるところ、今俺がこうして順調にキャリアを積み不自由なく働くことができているのは、すべて院長のおかげなのだ。
それでも、白鷹さんが迷惑行為を行ったとなれば、相手が誰であろうと怯むつもりはない。
「問題ないよ。院長だってちゃんと話せばわかってくれるさ」
「そんな……いいんですか、私があることないこと言うかもしれませんよ? 伊織先生に弄ばれたとか」
「事実無根だな。そもそも白鷹さんはそんなことする人じゃない」
「わからないですよ。私だって――」
「もし話すなら、こちらも院長に相談させてもらうよ。妻のこと」
被せるように告げると、まさか俺にバレているとは思わなかったのか、白鷹さんは目を見開く。本人に伝えるのは迷ったが、今後のためにも伝えておく必要があると判断した。
「この間のピアスの件、疑いたくはなかったけどわざとなんだろう。飲み会の日、体調が悪いからタクシーで途中まで乗せてほしいと言ったのも演技だった? 妻を怪しませるために」
「そ、それは……その……」
ついきつい言い方をしてしまったが、真実であることは彼女の様子を見ればすぐにわかった。きっと、いつも真っ直ぐに好意を向けてきてくれた彼女のことだから、そこまで悪女にはなりきれないのだ。
「……ああいうことは、もうやめてもらえるかな。これ以上、妻を不安にさせるようなことはしたくないんだ。白鷹さんとは院長の娘さんだからとかではなく、これからも同僚として良い関係を気付けていけたらと思ってるよ。こちらも支えてもらっているしね。業務上で困ったことがあれば相談に乗るから」
白鷹さんは俯きながら、完全に黙りこくってしまった。
はっきりと口で好意を伝えられなかったから避けていたが、遅かれ早かれきちんと話すべきだったのだ。
しばしの沈黙の後、どう話を終わらせようかと考えを巡らせていると、白鷹さんがおもむろに口を開いた。
「どうして……あの人と結婚したんですか?」
「どうしてって……」
「やっぱり納得いかないです。 本当は、私が……私が伊織先生と結婚する予定だったのに。あの人、伊織先生の弱みに付け込むなんて許せない」
俺が白鷹さんと結婚する予定だった? 何を言っているんだ、彼女は。
それに、弱みに付け込んでって――
「私は認めません。二人が結婚されていたとしても、絶対に諦めない」
「白鷹さん――」
俺の言葉を待つ前に、白鷹さんは診察室を飛び出して行く。
「……困ったな」
しばらくは様子を見たほうがいいかもしれない。それから、必要があれば院長に相談しよう。緋真との結婚も心から祝福してくれた彼は、きっとわかってくれるはず。
だけど――初めて見る白鷹さんの憎悪が混じった眼差しに、嫌な胸騒ぎがした。
コメント
1件
うわ……白鷹さん、やっぱりそう来たかって感じだったけど、最後のあの瞳の描写がすごく怖くて、心臓がぎゅっとなった……。伊織先生がきちんと妻を守ろうとしてるところはすごくカッコよかったけど、それ以上に彼女の歪んだ執着がじわじわ伝わってきて、読み終わったあとも嫌な余韻が残る感じがたまらないです。続きが気になる……!