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#恋愛
ばたっちゅ
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meyu0530
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目の前に広がるのは、空と山と湖の蒼。異なる蒼が繰り広げる景色は、都会の喧騒で疲れた心を浄化してくれる気がした。
あの夜からしばらく。伊織さんが二日ほど休みをとってくれて、箱根を訪れていた。二日と聞けば短いかもしれないが、外勤も呼び出しもない休日というのはとても貴重なのだ。
いつも忙しくしている彼が私のために時間を作ってくれた。それはたった一日であっても嬉しくて特別なことに感じられるのに、二日間も。感謝してもしきれないほど。
「思ったより近場になったな。遠慮しなくてよかったのに」
「全然。それに景色だけ見たら、すごく遠くに来た気分だよ」
「確かに。自然に癒されるな」
目の前に広がる芦ノ湖を眺めながら、地産地消のイタリアンランチをいただく。職業柄、
自分で作った料理ばかり食べているから、久しぶりに誰かが作ったご飯を食べるのは楽しくて仕方がない。
「このパスタ美味しい!」
「そうだな、サクラマスなんてはじめて食べたかもしれない」
「私も。クリーム系だから臭みがないのかな。それにしてもこのソース、すごくコクがあるけどなんだろう……味噌、かな? いや、それならすぐわかるような……」
あまり食べたことのない味に、ついレシピを想像する。真剣に悩んでいると、伊織さんがクスリと笑みをこぼした。
「本当に、緋真は料理が好きなんだな」
「ごめんね、つい……。すぐ仕事のこと考えちゃって」
「いや、いいさ。緋真の何かに夢中になる姿は好きだから」
「あ、ありがとう……」
話の流れ的に大した意味はないとわかりつつも、伊織さんに「好き」と言われると、ドギマギしてしまう。仮にも私たちは夫婦で、こんなことで動揺していられないのに。
「そういえば、料理はいつから?」
「うーん、それが物心ついたときにはもうって感じで……」
父の勤め先、神花リゾートが運営する施設は社割が適用することもあり、昔から家族で旅行することが多かった。幼いながらに各地でいろんな料理を食べさせてもらったことで、いつの間にか自分でも作れるようになりたいと思い始めたのだ。
就職活動時は安定した職に就こうと一度は大手食品会社に入社したけれど、やはり料理の道は諦めきれず今に至る。
「生粋の料理好きだ」
「どうだろう……。あ、でも、ひとつだけ覚えてることがあるんだ。小さいころにね、ホテルの厨房でシェフが料理してるのを見たことがあって。すごく感動しちゃったんだよね」
それがどこのホテルなのか、自分が何歳の時なのかも覚えていない。ただ、プロの洗練された技術やパフォーマンスに圧倒されたことだけは、未だにぼんやりと記憶があるのだ。
「だから、たぶんそれが原点だと思う。と言っても私はシェフになったわけじゃないけど」
「……そっか。料理に携わった仕事をしているんだから、すごいことさ。ちゃんと夢を叶えてる」
「なんか照れくさいな。そういえば、伊織さんはどうしてお医者さんに?」
神花リゾートの御曹司でありながら、彼がなぜそのポジションを手放し医師を目指したのか。気になってはいたけれど、ちゃんと聞いたことはなかった。
「そうだな……誰かの人生を生きやすくさせてあげたかったから、かな」
「生きやすく……?」
ありがちだが、誰かの“命を救いたい”ということではないのだろうか。少しニュアンスが違う気がして首を傾げる。
「俺の診療科は直接的に命に関わることは少ないんだ。その分、患者がこれから歩んでいく人生に深く関わると思ってる。外見っていうのは一生を左右するものだから、俺としては可能な限り傷や病気を治療して、生きづらさをなくしてあげることができたら本望だよ」
伊織さんの言葉は、胸の深いところに落ちていった。背中にコンプレックスを背負う私には、痛いほど気持ちがわかったから。
「そう思ったきっかけは――」
「きっかけは?」
「いや、単純なことだよ。小さいころ事故に遭遇したとき、怪我人を前に無力な自分を感じて……自分が救える立場になれたらって強く思ったんだ。だから昔から会社を継ぐなんて考えはまったくなかった。医学部を志願したときも、両親は何も言わなかったくらい。周りには勿体ないなんて言われたこともあったけど」
「……すごい。それじゃあ伊織さんも、小さいころの夢をそのまま叶えたんだね」
幼いころに夢見たものなんてぼんやりとしていて、多くが儚く散ってしまうのに。互いに実現していることは、奇跡にも思えた。
それにしても、伊織さんの経歴は何度聞いても耳を疑うほどだけれど。
「……ああ、そうなるな」
伊織さんはそう呟いて食事へ視線を戻す。理由はわからないが、その表情がどこか寂しそうに見えた。
◇
食事のあとは、腹ごなしに近くの神社を訪れる。ここは心願成就や開運厄除、縁結びなど、多様なご利益が期待できる運開きの神様として信仰されており、関東でも屈指のパワースポット。普段から神頼みはするタイプではないが、神社など日本ならではのわびさびを感じられる場所は好きだ。
中でも撮影スポットとしても有名なのが、芦ノ湖に佇む平和の鳥居。せっかく来たのだから、写真に収めておきたいと目的の場所へ向かう。その間、伊織さんは自然に手をつないでくれて、初めてのデートのようなドキドキを覚えた。
石段をゆっくり下っていくと、先客に思わず足を止める。
「わぁ……」
視線の先には真っ赤な鳥居と視界いっぱいに広がる湖。その中心で、黒の紋付き袴の男性と、豪華絢爛な色打掛の女性をカメラマンが囲んでいた。フォトウエディングか前撮りだろう。
「綺麗だね……」
幸せそうな新郎新婦に釘付けになっていると、伊織さんがこちらを覗き込んだ。
「緋真も綺麗だったよ」
「ど、どうしたの急に」
「式の当日、ちゃんと伝えてあげられなかったの後悔してたんだ」
「え……」
言われてみれば結婚式当日は、何だか慌ただしくて伊織さんとゆっくり話す時間もあまりなかった。特別気にしてはいなかったが、このタイミングで伝えられると照れくささが込み上げてくる。だけど、それ以上に――
「……伊織さんもかっこよかったよ。和装、すごく似合ってた」
あの日、私もずっと言いたくて言えなかった言葉。直視できないほど、彼はかっこよかったのに。言えなかった理由は恥ずかしさからというより、お見合い結婚の手前、そのような言葉を言っていいか迷ったからだった。
改めて伝えると、伊織さんはゆるりと口角を上げる。
「よかった。欲を言えば、洋装も見てみたかったな」
「ああ、そっか……」
式場はホテルだったにも関わらず、私たちは和装婚を選択した。もちろん私の希望で。式は白無垢を着用し、その後の披露宴でのお色直しは、迷った末に色打掛を選んだのだ。理由は言うまでもなく私自身の問題だった。
「ドレスだと背中が出るデザインが多いでしょ? だから、和装のほうがいいかなって」
「やっぱりそういう理由だったんだ」
背中を隠すドレスもあったがデザインは限られている。であれば見え方を気にするよりも、完全に覆ってしまえる和装のほうが気が楽だったのだ。
「……本当はドレスも着たかった?」
「うーん、実はちょっとだけ」
ウェディングドレスに憧れたことがないと言えば嘘になる。しかしながら、物心ついたときには既にコンプレックスがあったし、おそらく無理なのだろうと理解はしていた。正しくは”諦めて”いたのだけれど。
「でも後悔はしてないよ。強いて言えば、伊織さんのタキシード姿見たかったな」
「大したものでもないと思うけど」
「そんなことないよ! 伊織さん、かっこいいから何でも似合うと思う!」
食い気味に否定したあとで我に返る。伊織さんは目を丸くしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「緋真にそう言われると嬉しいな。かっこいいなんて、あまり言われないから」
「そう……?」
伊織さんのことを、かっこいいと思う女性は世の中にごまんといるはずなのに……自覚がないのかな。
そうこう話しているうちに、写真撮影が終わったのか、先ほどの新郎新婦が掃けていく。
軽く会釈をし、鳥居へと足を進めた。
コメント
1件
うわ、箱根旅行回か~! 蒼い景色の描写からもう綺麗すぎて、一緒に旅行してる気分になったわ。お互いの夢の話をし合うの、すごく良かった。二人とも子供の頃の夢を叶えてるって奇跡みたいだね。それに「伊織さんもかっこよかったよ」って緋真が勇気出して言い返すシーン、じんわりきた。背中のコンプレックスに触れるところも、緋真の気持ちが痛いほど伝わってきたよ…。