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#大人の恋愛
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もう一度佐竹への説明を試みてみようと、自らを奮い立たせようとした時、役員会議を終えた局長の中沢が戻ってきた。私の顔を見て目を見開く。
「おや、川口さん、まだ残ってたのか。何かトラブルでもあったのかい?」
「局長……」
私はほっとした。先方を待たせている状態で、このまま佐竹と言い合っていてもらちが明かない。ここは中沢に判断を仰いだ方がいい。
「トラブルと言いますか、ご相談があるのですが」
私は編集部から届いたメール文と最終原稿を出力した紙を、早速中沢に見せる。
「次週分に、この番組の紹介記事を載せて頂くことになっているのですが……」
現在の状況と、先方の言う編集権について説明した。
中沢は大きく頷き、私と佐竹の顔を交互に見る。
「佐竹さんの言うことも分かるけれど、確かに編集権はあちらにあるわけだからね。それに、私はこの内容で全く問題ないと思うんだけどねぇ。佐竹さん、これではだめなのかい?」
佐竹の眉がぴくりと動いた。
「……局長がそう仰るなら、それでいいと思いますが」
佐竹の口ぶりから、完全には納得していないことが分かった。しかし、彼女は渋々といった顔つきで中沢に答え、それから明らかに無理に作ったと分かる固い笑みを私に向けた。
「それじゃあ、川口さん。それでいいと、先方に伝えてください」
「分かりました」
私は佐竹と中沢に深々と礼をして、返事を待っているはずの担当者に急いで電話を入れた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。それで進めてくださって結構です。本当に色々とありがとうございました」
電話の向こうから、安堵の息遣いが伝わってきた。
『 いえいえ。遅くまでお疲れ様でした。また次回もよろしくお願いしますね』
電話をかけ終えて、やれやれと息をついた。担当者がいい人で良かったと心の底から思う。そこに局長の声が飛んでくる。
「川口さん、仕事はそれで終わり?」
「はい。終わりです」
「そうか。じゃあ、あとはもう片づけて帰って」
「はい、ありがとうございます」
私は手早く机の上を片づけて、中沢と佐竹に帰り際の挨拶をする。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
中沢はいつも通りにこやかに挨拶を返してくれた。
しかし、佐竹は小声で挨拶を返してはくれたものの、私の顔を見ようとはしなかった。
最終的に自分の意見が通らなかったからだろうと思えば、そんな彼女の態度は仕方ないのかもしれない。そしてそれは一時的なものであって、明日が無理でも明後日、あるいはそのうちにも、彼女の態度はもとに戻っていくだろうと、深く考えないことにした。
しかし、彼女の態度は元には戻らなかった。
私に対する彼女の態度は、その翌日からさらに悪化した。風当たりが強いだけならまだいい。しかし、仕事の進捗にも影響が出た。
例えば、私の原稿をチェックするのは佐竹だが、それに取り掛かるのが、締め切りに近い時間になってからようやく、ということが続いた。
また、佐竹が席を外していた時に私が受けた彼女宛の電話について、相手が急ぎ折り返しの連絡をもらいたいと言っていたことを伝えても、ずるずると後回しにしたりした。
ある時には、やはり佐竹のチェックが締め切り間際となり、大慌てで原稿を直さねばならなくなった。この時、番組情報の提供先に原稿を送ってすぐに、私は担当者に電話を入れた。
「ぎりぎりになってしまって、大変申し訳ありません」
相手にこちらが見えていないことは分かっていても、そうせずにはいられない。私は受話器を握りしめながら、何度もぺこぺこと頭を下げた。通話を終えてため息をついた時、隣の土田が小声で声をかけて来た。
「最近の佐竹さん、川口さんに冷たいような気がするな。喧嘩でもした?」
「いえ、特には」
心当たりは、例の原稿修正の件くらいだが、あれは「喧嘩」ではないと思っている。それならいったい何がきっかけだったのかと記憶を辿ってみようとして、それよりも前から、佐竹の態度に違和感があったことを思い出した。
「それならプライベートで何かあって、それで単に機嫌が悪いだけなのかな」
「プライベート……」
土田の言葉を繰り返して、まさかと思う。
矢嶋がここにやって来たのは先週末のことだ。その時佐竹は、矢嶋と話す私に嫉妬の目を向けていた。
しかし、あれくらいのことで、仕事に支障をきたすようなことをするとは思えないし、思いたくはない。かと言って、佐竹の私に対する態度の根底にあるのは、そのことかもしれないという可能性は捨てきれなかったし、そもそもそれ以外に、彼女の態度の変化の理由が思い浮かばない。
「どうなんでしょうね」
私は固い笑みで土田に言葉を返した。