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篠原愛紀
#借金
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その日、いつものようにラジオの手伝いが終わって編成広報局に戻るとすぐに、佐竹が私を呼んだ。
「川口さん、お帰りなさい。早速で悪いんだけど、ちょっとこっちに来てもらえる?」
彼女の後に着いて行った先は、フロアの端にあるテーブルだった。周りに椅子を四つ置いたそのテーブルは二つあって、それらの間はパーテーションで区切られている。
佐竹は手前側のテーブルの上を目で示す。
「この箱の中のグッズをね、今日中に袋詰めしてほしいの。お願いできるかしら?」
「グッズ、ですか?」
テーブルの上には、ミカン箱ほどの大きさの段ボール箱が二つ置かれていた。中には、ピンバッジと局のロゴ入りのシールが入っている。それぞれ小さいものだから、これが箱二つ分となると相当な量である。
私はおずおずと佐竹に確かめる。
「今日中に、これを全部、ですか?」
佐竹は当然のようにあっさりと頷いた。
「えぇ。この梱包用の袋にね、二種類をワンセットにして入れてほしいの。明日使いたいと営業から言われてるのよ」
それならどうして営業でやらないのだろうかと思ったが、その疑問を察した佐竹が付け加える。
「こういうのを手配するのも広報の業務の範囲なの」
仕事の中身すべてを知っているわけではない私は、そういうものなのかと納得した。それにしても、私がまだ聞いていないだけなのか、それとも急遽決まったことなのか、明日何かのイベントがあるのだろうか。
私の質問に佐竹の目が一瞬揺れたように見えたが、彼女は淡々とした表情で私の問いに短く答えた。
「えぇ」
「……分かりました」
やらなければならないのなら、やるしかない。
「あの……。原稿が終わり次第、これに取り掛かることにします。今日は締め切り分が二本ありまして」
佐竹は段ボール箱にちらりと目を走らせる。
「そうね。原稿の方が先ね。じゃあ、それが終わったらということで、お願いします」
「分かりました」
席に戻った私は早速、締め切りが迫る番組紹介用の記事作成に取り掛かった。今日は珍しく佐竹のチェックがスムーズに終わり、締め切りの時間に余裕で間に合う。
少しは態度が和らいできているのかしらと、ちらりと佐竹の横顔を見てほっとしたのもつかの間、今度は視聴者からの問い合わせが立て続けに入った。
一本はスムーズに対応することができた。しかしもう一本の問い合わせは、折り返しの必要があった。先週放送されたとある番組の中盤頃に、旅館の外観が映し出されたのだが、その時に流れていた曲を知りたいのだという。
電話を切った後、土田に対応方法を相談した。すると、番組のことだから制作部に聞けば分かるはずだと言う。制作部には辻がいる。彼になら聞きやすそうだとほっとして、早速辻の内線番号に電話をかけた。すぐに本人が出て、私の話を聞くと即座に答えをくれた。
「ありがとうございます!すぐに分かるなんてすごいです」
感心する私に、辻は得意げに言う。
『この時選曲したの、俺だったからね』
「そうだったんですね。おかげで助かりました。ありがとうございました!」
私は丁重に礼を告げて電話を切り、折り返しの答えを待っているはずの視聴者に急いで電話をかけた。彼が求めていた答えだったらしく、その人はありがとうと嬉しそうに言って、電話を切った。視聴者から受け付けた問い合わせの内容をデータに入力し終えて、パソコンの時計を見て焦る。
「もうこんな時間……」
私の独り言を捉えた土田が首を回す。
「仕事、まだ結構残ってる?」
「はい、グッズを詰める仕事が……」
「グッズ?」
「はい、あの」
私はちらりと土田のパソコン越しに佐竹の方を見た。
彼女は今、電話中だ。
「佐竹さんからの仕事です。これからやらないといけなくて」
なんとなく声を潜める私に、土田が言う。
「俺に手伝えることがあるなら手伝うよ」
ありがたい申し出だと思った。しかし、土田の前には、資料と思しき紙が机一杯に広げられている。その様子を目の当たりにしては、とてもお願いなどできるはずはない。また、私が直接頼まれた仕事のことで、他の人を巻き込むのもなんだか申し訳ない。だから、私は笑って首を横に振った。
「お気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございます」
私は机の上を片づけて、佐竹に頼まれた作業に取り掛かるために席を立った。
テーブルに腰を下ろし、その作業を始めてしばらくたった頃、果たして今日中に終わるのだろうかと不安に思い始めた。あまり考えないようにはしていたが、この量を一人で全部やれというのは、嫌がらせなのではないだろうかと、胸の中がもやもやし始める。しかし、まさかそんな幼稚なことを、あの佐竹がするはずはないと、すぐに打ち消す。
とにかく、今は余計なことは考えないようにしよう。やれと言われたのだかやるしかないのだと、気持ちを切り替えて、私はひたすら黙々と手を動かし続けた。
単調な作業が続いたせいだろうか、しばらくたった頃、頭の中が少々ぼんやりとしてきた。暖房が効きすぎてでもいるのか、なんだか体も熱いような気がする。少し休憩しようと思った時、よく知る人の声が耳に飛び込んできた。
「川口さんはもう帰りましたか?」
動かした視線の先に矢嶋がいた。