テラーノベル
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「お疲れ様でした八門さま。魔物の討伐報酬とアイテムを買い取りした分の金貨です。締めて金貨1000と18枚あります!。今夜は色街で!お店でも借り切ってお大尽遊びですね!?。それともスケベなビルを丸ごと購入なさるのでしょうか!?。何にしてもありがとうございましたっ!」
「そ!?。…そんな大声で言わないで下さいよキュバスさん。…それじゃあ失礼します。(この眼鏡っ娘受付嬢!俺に恨みでもあるのかよ!?。そもそもお大尽遊びって何!?。それに半分はミアンのお金なんだしっ!)」
ギルマスに別れを告げた後に、俺は一階のギルドホールへと向かった。彼女に報酬の受け取りと魔晶石や素材の売り渡しを勧められたからだ。虹色の魔晶石ひとつで、街の電力を500日も支えられるらしい。顔も知らない人にでも俺の働きが役に立っていると思うと、何となく嬉しいものだ。
「あら、お大尽くん。重そうな革袋だわね〜ひとつ持ってあげようか?」
「サクラさん。…渡したらパッて消えるんでしょ?お得意の魔法で。」
「あらあら、私の信用も地に落ちた物だわぁ。ね?…金貨1枚…恵んで?」
「はぁ…またポーカーですか?。サクラさんは顔に出るんだからやめた方がいいって言いましたよね?。…はい、この小さい袋をあげます。防具や杖とか質入れしているんなら早く出した方がいいですよ?。…それじゃ。」
この中央アジア系の彫りの深い顔立ちをしている黒尽くめな美女は、黒魔法を専門に扱う『サクラさん』だ。なぜ日本語の名前を名乗るのかは不明だが、違和感なく似合っているので良しとしている。とても奥ゆかしく、いつも黒いシルクのロングローブを纏っていて、素肌を晒さない淑女だ。
「え〜?ホントにいい…!?。ちょっ!金貨ビッシリ入ってるじゃない!この袋!。こ…こんなの家を買えちゃうわよ!。あ!れお君!待って!」
「サクラさん困ってるんでしょ?。それは報酬のほんの一分ですから遠慮しなくていいですよ。サクラさんには魔力の制御方法とか増幅するコツとかも教えてもらったし、気にせず好きに使って下さい。それじゃまた。」
これまで何度か潜った地下迷宮で悟ったのは魔法や魔術の有効性だった。階によっては威力が薄れたりもするのだが、その重要性は計り知れない。だが魔法は呪文詠唱を間違えたらやり直しだ。俺はそこに苦労していた。そこで開発したのが手印での詠唱の簡略化。そのヒントも彼女がくれた。
もしもあのままでこの女性に出逢わなければ、俺の術式は全て未熟なままだっただろう。屈託ない笑顔が素敵で術式の構築も指導してもらった。今までも何度か討伐パーティーに加わってもらったし、その攻撃魔法の腕前は眼を見張るほどだった。ただし博打が大好きなのはちょっと頂けない。
「……ダメよ!。貰えないわ!。それならアタシを買いなさい!。そりゃ貴方ほど若くはないけど…高位魔法のレッスンとかしてあげるから。いっそパーティーメンバーにしてもらえる方が嬉しいんだけど…ダメかな?」
「う〜ん。俺はミアンのパーティーに入れて貰ってるからなぁ。でも今回の探索で戦力不足とも思ったし。…前向きに考えておきます。んじゃ…」
「………れお君。(…はぁ。あのネコ耳娘は苦手だけど、レオ君と一緒にいられるのなら本気で頼んじゃおうかなぁ。…イケメンで優しいし♪しかも次期ギルド幹部に推されているし♡。超優良物件なのよねぇ〜カレ♪)」
ギルドビルから出てスグに、また俺を呼ぶ声が聞こえた。背後からだし少し遠くからなので無視して足を進める。家に着くまでが迷宮探索なのだが歩くたびに睡魔が襲って来た。途中で24時間営業の銀行に寄らなければならないのに、肉体の重さに膝が笑い始める。思ったより疲れてるのか?
「?。(…空耳?だよな…)」
「……くん!?………オくんっ!?」
「………。(お?。やっぱり俺を呼んでたのかぁ。この声は…誰だっけ…)」
「レオくんっ!!。やっと見つけたっ!!」
「ふえ?。……えっと?。わ!?、うぐくっ!?。え!?なに?。(こっ!これはベア・ハッグの背中からバージョン!?。いっ息ができない!)」
突然、俺の背中に圧しあたった覚えのある高反発感。脇の下から前に回された両腕が、鳩尾と肋骨を強烈に締め付けてくる!。ギリッギリッと軋み悲鳴をあげているその骨に、容赦なく食い込んでくるこのパワーは確か…
「『ニャオン・ビルヂング』?。レオくん…今はここに住んでるのね?」
「ああ。一人じゃないけどな?。それで?今のパートナーにでも会いたいのか?。そうそう、バーランド商店の常連みたいだったな。上がるか?」
「会うわよ。そして言ってやるの、あたしはレオくんと婚約しているってね?。…ミミの件は誤解なんだから、ちゃんと話しも聞いて欲しいし…」
「二人のせいじゃないよ。あの日…俺は俺に失望したんだ。それはミミやララのせいじゃない。俺自身が…ムシケラほどの価値しかなかったんだ…」
「なに拗ねてるの?。そんなのレオくんらしくないわよ?。ほら行こ?」
「あ…ああ。…そこの昇降機のボタンを押してくれ。…五階なんだ。」
「わかったわ。…すぅうう。…ふぅううう〜。…ミミも心配してるんだからね?。ちゃんと会ってから、ちゃんと聞いてあげて。…レオくんのばか…」
「……わかったよ。(これは修羅場になるな。まあ…自業自得だけど…)」
まさかミミ・バーランドが、ララ・バーランドが、俺を探していたとは思わなかった。最低な言葉を吐いて、最低な別れ方をしたとゆうのに。この後に何が起ころうが全て俺の責任だ。しっかりと…残さず受け止めよう。そう思いながらも背中の汗が止まらない。ゴンドラを降ろしてくるエレベーターが、ホントに唐突に故障とかしないだろうか?。スゴく緊張する。
「お帰り〜レオしゃん♡。ふに?ララちゃん?。どうかしたのかにゃ?」
「はぁ…やっぱり。…久しぶりね?ミアン。最近は店に来ないから…」
「バーランド商店の武器は確かだからぁ♡通販でもいいかなぁって♪」
「新しい大剣とか打ったから見に来てよ。凄く出来がいいのよ♪。なにせその剣の基礎は…そこにいる誰かさんが鍛えたんだからね。…うふふふ…」
二人の穏やかなファースト・コンタクトに、俺はひとまず胸を撫で下ろした。ミアンの武具コレクションにバーランド商店の物が多かったので、二人が顔見知りなことは想定内だ。そして会話を聞いた限り仲が良いのも確かだろう。あとは彼女たちと俺がどう決断するのかだが。…心臓が痛い。
「にゃ?。まさかレオしゃんとララちゃんは…お知り合いなのかにゃ?」
「ミアンと会った日に言ったろう?婚約者と別れたばかりだって。…その婚約者が…このララ・バーランドと…妹のミミ・バーランドなんだよ…」
「ふぅ〜ん、なるほどぉ。それで未練タラタラなララちゃんは〜ミアンのレオしゃんを奪い取りに来たとぉ?。…ダメだよ?ララちゃん。レオしゃんはミアンの…世界でいちばん大切な生涯のパートナーなんだからさ…」
いつもの様に、にこやかに話していたミアンの目つきが変わり始めた。猫人族特有の『イカ耳』になっているとゆうことは、かなり警戒している。彼女は何気に手を伸ばすと、亜空ポーチからお気に入りのリボルバーをスルリと取り出した。猫娘の瞳孔が大きく真ん丸になっている時はヤバい!
「…これを見て?ミアン。レオくん手作りの婚約指輪よ?。見た覚えがあるはずよ?。だってホラ、レオくんも…まだちゃんと着けてくれてるわ…」
「え?あ。(…これは…なんと説明したら。…いや…今はタイミングが…)」
俺の予想よりも早く風向きが怪しくなってきた。俺の右手には確かに銀の指輪が着けられている。しかしこれは戒めの意味であり…やはり未練があるからだろう。姉妹に翻弄されながらも幸せだった日々は宝物でもある。
そもそも子爵以上の力が欲しくて討伐者になったのだ。A級になれば奴等と同格程度にもなる。そこから更なる功績を積めば追い越す事もできるらしい。最低でも子爵とゆう貴族階級に肩を並べたい。全てはそれからだ。
「それは激しい闘いで変形して取れなくなっただけだ…。ララ・バーランド?例え元パーティーメンバーでも、いい加減な発言は許さんぞ!?」
「随分と偉くなったわねぇ?ミアン。…アンタに剣の扱い方を教えたのが誰か…思い出させてあげようかぁ?。また勝てないって大泣きする!?」
突然にミアンの言葉づかいが豹変する。高級ソファーのいつもの場所から徐ろに立ち上がって、招いたララの目前に立った。睨んだ眼は見たこともない程に細められ、ふわふわな頭髪が逆立っている。そしてピンと立っていたネコミミもペタリと後ろに伏せていた。これは臨戦態勢そのものだ。
そして数センチにまで近づいたミアンの顔面に引くこともなく、その眼を真っ直ぐに睨み返すララ。首を少しだけ右に傾けてから、両方の眉を眉間に寄せている。こちらも戦闘モードらしいのだが、俺はどうすればいい…
「ふ。…お前はいつの話をしている!?。今の私はA級討伐者だ!。お前は所詮B級止まりだったよなぁ!?。討伐者ランクがひとつでも違えば!上の者は神で!下の者はゴミだ!。そう教えたのはララ!お前だろう?」
「あっ!?あの頃はアタシも一生…討伐者でいるつもりだったし。でも急に、お店を継がなきゃならなくなったのよ。アタシはアンタみたいに自分だけを守ればいい訳じゃなかったの!。アンタには一生解んないわよ!」
童貞な俺が、なんでこんな修羅場に立ち合っているのだろう?。二人の激しくなった言い争いの真ん中には俺がいて、そこから話しは派生して、あとはヒート・アップしてゆくばかりだ。脳が58歳な俺の経験上、どんな喧嘩でも後悔は絶対に先に立たない。完全に断絶する前に止めなければ。
「ララ…ミアン。もういいだろ?。…二人とも分かっているはずだ。一番悪いのは俺だってことを。…こんな事で喧嘩すんなよ?。お前たちが思っているほど俺はイイ男じゃない。…脳みそはさ…還暦前のジジイだぞ?。そんな奴に執着したって碌なことはないんだよ。…ララ…家に帰れよ?。」
「レオくん?また消えるの?。アタシたちを置いて!また消える気?。そんなこと…絶対に許さない。…放浪していたレオ・ヤツカドの命を救ったのは!ミミとアタシでしょ!?。この恩知らずっ!帰ってきなさいっ!」
「待て!ララ・バーランド。今のレオしゃんを護り…育んでいるのはこのミアンだっ!。フラれる様な事をしておいて!忘れられないから帰って来いだと?。そんな身勝手が許される訳がないだろうっ!。出ていけっ!」
不味い。俺は火に油を注いだのか?。二人の怒りの矛先が俺に向けば良かったのだが、やはり思い通りにはいかないらしい。そもそもは俺が撒いた種だ。一人の男としても、酸いも甘いも噛み分けてきた大人としても、伸びた草木はちゃんと刈り取らねばならない。ここは腹を括るべきだろう。
「…………はぁ。わかった。ララ、ミアン、仲直りしろ。…仲直りするのなら、俺は二人と結婚してやる。勿論ミミも…だ。俺みたいなジジィの為に親友を無くすような馬鹿な真似はやめておけ。…今すぐに…仲直りしろ…」
「………え?。…戻ってくれるの?レオくん…」
「にゃ!?。ミアンもお嫁さんになれるの!?レオしゃんのっ!?」
お?これが有効打になったのか?。何にしても二人の顔つきが激変した。恥ずかしながら俺は、子供の頃から友達の作り方もわからなかったし、学生時代もクラスでひどく浮いていた。社会に出てからは仕事に埋もれて、意識もしないできたから友人の大切さとか…正直よくわからなかった。
でも、この世界に来てからとゆうもの、たくさんの人に助けられている。ミミにしてもララにしてもミアンにしても、そしてサクラさんにしても。それこそ地下に潜るようになってからは死にかけた事もあり身に沁みた。この世界ならではな助け合いの絆。友人の大切さは判ってきたつもりだ。
「ああ。…言い出したのは俺だからな?。…ほら、ちゃんと仲直りしろ。」
「わかったにゃ♪。……ララちゃん…ごめんなさい。…怒り過ぎたニャ…」
「アタシこそ…ごめんなさい。すごく、もの凄く…悔しくなっちゃって…」
だからこそ、卑怯な提案であっても…とにかく仲直りをして欲しかった。今度は誤解されるような言い間違いも、火に油を注ぐことも無かったみたいだ。そもそも好いていてくれている彼女たちを、下らない理由をこじつけては突き放している俺だ。この修羅場を機会に、58年物の童貞を卒業するのも頃合いかも知れない。もっとも…そんな度胸があればなのだが。
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