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「私、思うんですけどね」
と、なぜか、橘が落ちつき払って言った。
「橘様!兄様が、あの沈着冷静な兄様が、血相変えて、出て行ったのに!なんで、落ち着いてるんですか?!」
「なんでって、紗奈《さな》、常春様は、私の兄ではありませんし、何か用を思い出したのでしょう。そう、守近様の様子を伺いに行ったとか、大納言ともあろう方が、表方の様子を伺いに、のこのこお出ましになるなんて、由々しきことですからね」
「はあ……まあ、そうですけど」
橘の言うことも、一理ある。とはいえ、あの、常春《つねはる》の様子は、そんな、単純な物ではないような気がしてならないのだが、残念ながら、橘の前では、あくまでも、女童子《めどうじ》の紗奈であり、蛇に睨まれた蛙。これ以上は、意を唱えられない。
「一の姫猫って、なんですの?」
「はあ?!女房さんよ、そこ、かい!!」
新《あらた》が、飽きれた。
「女房さんよ、だから、内大臣家の、謎の姫君の飼い猫だろ?」
「一の姫猫は、守近様からの贈り物だそうですよ。いつも、自慢してましたから」
タマが、大きく欠伸をしながら、言った。
「いや、ちょっとまった、犬!そこで、寝るな!もっと話を聞かせろ!」
だって、タマ眠くなっちゃっんだもの、と、新の腕の中で、タマは、目を閉じ始めた。
「犬!寝るな、寝るな!」
新は、抱くタマを大きく揺さぶり、寝入りばなの邪魔をして、起こそうとしている。
「なるほど、守近様と、内大臣様は、昵懇の仲という訳ですか。もちろん、利害あっての事、だと思いますが」
「えっ、橘様……」
「紗奈や、考えてご覧なさい。大納言様と、この屋敷にも、ご機嫌伺いがやって来るのですよ。では、その、職よりも、上の、内大臣様のご機嫌だって、皆、とっているはずよ?守近様だって、遅れは取れないと、思うはずでしょう?」
橘の諭すかのような、言葉には、重みがあった。さすがは、お方様付きの女房だっただけはある。
「はあー、守近様も、権力に惑わされてしもうたか。まあ、それが、公達というものじゃがのぉ」
髭モジャは、髭モジャで、どこか、残念そうに、しかし、当然のことかと、やや、諦めのような、態度を見せる。
「いやいや、髭モジャよ、男なら、身を立てたいと、誰しも思うだろ?俺だって、頭《あたま》、と、呼ばれてぇと、色々やったぜ?お前だけだよ、女房と、イチャイチャしてんのは」
新の言葉に、そうですっ!と、タマが、飛び起きた。
「髭モジャ様は、橘様のために、身分を捨てたのでしょ!!タマ、憧れますっ!」
へっ?!と、新と髭モジャが、顔を見合わせる。犬に、憧れられても……。それに、なぜ、橘との馴れ初めを、犬に知られているのだろう。
「いや、ワシは身分を捨てたわけではなくてなぁ、女房殿と知り合った時は、すでに、お役を解かれておったし……そのようなこと、犬には、関係ないじゃろうがっ!!」
「ちょっと待って!身分よ!橘様!内大臣様の姫君って、どのような身分の方なのでしょうか!」
ん?と、男は二人は、わけわからずと、話に着いてこれていない。
「あー、紗奈や、庶民にもわかる様に言ってくれ」
「つまりね、新。内大臣家の姫君の腹が腫れたと、噂が広がり、今では、下々の者の力まで、借りようとしているらしいの。ならば、その、姫君が、例えば、内大臣様の、ご落胤である、とか、遠縁であるとか、出目も、噂になるはずなのよ!」
言われて見れば、そうだなぁと、新は、頷いた。
「タマ、一の姫猫は、守近様が、どこで、ご用意されたのかしら?」
一方、橘は、猫について、タマに聞いている。姫の飼い猫経由で、姫君の事を探ろうとしているのか。しかし、守近が、猫をどこで、用意したかなど、姫君と、どのような関係があるのだろう。皆、橘の意図が掴めなかった。
「えっと、橘様、ここだけの話ですよ。一の姫様からだそうです。だから、一の姫猫なんですよー」
「橘様!!!一の姫って、五節舞《ごせちまい》で徳子《なりこ》様を邪魔した、姫君のことですか!!」
「おや、紗奈、良く知っているわね」
橘は、分かっていたかのように、落ちつき払っている。