兄の最期の姿を見て以来、口にするものは全て、無情な涙の味。これは私の背負った、一生ものの十字架なのだろう。
表向き、今までと変わらず復讐屋を続ける一方で、その心の中は、まるで油の切れた機械のように、重く錆びつき、ボロボロになってゆくのだった。
そんな中、最近、妙な噂を聞くようになった。
何者かが、私の素性を探っているというのだ。
人気のない曲がり角に貼り付いていると、その向こう側からうっすらと、白い煙が流れてきた。
姿こそ見えないが、間違いない。この匂い…。私はそっと声をかけた。
「こんばんは。」
「こんばんは。俺に用とは珍しいね。君には既に情報屋がついているというのに。」
曲がり角の向こうから、返事が返ってくる。
「今回はあなたのほうが詳しい。最近、私の素性を追っている者がいると聞きましてね。」
「ああ。君のお兄さんの件でね、殺し屋に依頼をした人がいるんだよ。」
そう言うと曲がり角の向こうから、大きな封筒が差し出された。
どうやらひと月ほど前、夜道で突然何者かに人が斬り殺され、その被害者の息子夫婦が犯人探しをしているらしい。
彼らは警察に駆け込むも、ことの解決は見込めなかったため、とある有名な剣術家に相談したという。
しかしながら真相は、その剣術家こそが、被害者を斬りつけた真犯人だというのだ。
自分が依頼者の家族を斬り殺したのにも関わらず、依頼者の無知をいいことに、もうこの世にいるはずのない圭一の仕業と謳い、圭一とその身内を成敗するかわりに、こんどは依頼者から大金を取ろうとしているというのだ。
私と圭一とのつながりは、どうやら飛鳥馬道場の元弟子たちを調べ上げ、見当をつけたらしい。
「ってなわけで、真犯人はこの剣術家さ。まったく、面倒臭い話だ…。しかも、罪のない人を殺したりはしない君にとっては、とんだとばっちりだね。」
「…。」
兄も生前多くの人を殺めたとはいえ、今回ばかりは兄の犯行ではない。にもかかわらず罪を、既にこの世にいない兄になすり付け、正義を気取りながら人を殺める剣術家に、私は怒りが抑えきれなかった。
小さな声で、ありがとうございます、と囁き、懐から情報代を取り出すと、そのままそれを情報屋に預けて帰ろうとした。すると再び煙草の匂いとともに声が返ってきた。
「ところで、君の本当の苗字と名前を、このままずっと裏社会から隠しておくこともできるけど、どうする?」
私は少しも迷わずにこう答えた。
「いえ、もうその必要はありません。」
「…ふぅん。そうかい。わかった。」
曲がり角の向こうで、含み笑いとともに煙草の火がふっと消える気配を最後に、情報屋の男はまた何処かへ行ってしまった。
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何やら大変な事になりましたね… とんだ外道が居たものです…一体誰でしょうその真犯人の名は… しかも早百合さんにまでとばっちりが……久々にカチンと来ました。 ここからどうなるのか凄く気になって眠れません! この流れだと恐らくは対峙することになりますかね?…どうかご無事で!