「ちょっと!! アリエッタの目が死んでるのよ!? 一体何してたのよ!」
待ち合わせをしていたレストランの前でパフィが目にしたのは、どこかのお姫様かと思える程に着飾られたアリエッタだった。しかしその目からは生気が完全に抜けている。
見た目も雰囲気も生きた人形のような状態のアリエッタは完全に目立っていて、道行く人々が思わず立ち止まって二度見している。特に10歳くらいの少年などは、真っ赤になりながら可愛らしい少女を見つめている。
アリエッタを着せ替えた張本人の3人は、気まずそうにパフィの下へと向かい、そして視線を逸らした。
「いやその……止めるタイミングを見失って……」
「可愛いからつい……」
「アリエッタちゃん可愛すぎるん……我慢できないん……」
パフィに睨まれ、小声でボソボソと言い訳をする3人。その中心ではアリエッタがボーっと立っている。
「あ~もう、よっぽど怖かったのよ? 可愛いのは私も嬉しいけど、こんなになるまで遊ばれたのよ。3人とも、今日はもうアリエッタにおさわり禁止なのよ!」
『そんなぁ~!!』
サンディとシャービットに手を繋がれているアリエッタを奪い取り、抱っこして撫でた。すると、ビクッと震えた後、ゆっくりと目を閉じて寝息を立て始める。
「これじゃお昼食べさせてあげられないのよ……どうするのよ?」
「う……ごめんなの……」
育児で謝る羽目になる2児の母。
結局、アリエッタはそのまま寝かせておいて、折角レストランに来たという事で、4人で食べる事にした。もちろんアリエッタの事は、パフィがガッチリ守っている。
「寝顔も可愛いん。見てるだけでおかわり5回くらいいけそうなん」
「あら、それなら私も寝顔をおつまみにお酒でも飲むの」
「気持ちはすごく分かるのよ。でもそんな気持ち悪い目をアリエッタに見せたら殴るのよ」
「……ミューゼちゃん、娘が怖いの」
「あはは……」
すっかり機嫌が悪くなったパフィ。ミューゼはこれ以上怒らせないようにするのに集中している為、笑うことしか出来ないでいる。
やってしまったものは仕方が無いとし、パフィは別れた後に何をしたか聴きながら、食べていく事にした。
3人がパフィの機嫌をこれ以上損ねないように、気を使いながら服屋での出来事を話しているその頃、商店街では1つの話題で賑わっていた。
「ねぇ見た? サンディさんと一緒にいた小さい子」
「見た見た! どこのお嬢様かな?」
「バカ、あの雰囲気はお姫様に決まってるでしょ?」
「おとうさん…さっきのこ……か、かわいかった」
「あんな子、この町にいなかったよな? ファナリアのどこかの城から着たのかね?」
「あのサンディと一緒にいたんじゃい。王家に関わりがある可能性は高いじゃろ」
「きききっと外には妖精のリージョンとかあるんだ。あの子はきっと妖精の王女様なんだ。いい行ってみたい……ふひっ」
「あと10年くらいで美しすぎるお姫様になるんじゃねぇか? あぁもっと拝みてぇ!」
それは勿論、アリエッタの話題である。
ファンシーな服屋でお姫様スタイルにされ、そのまま気品ありそうな無表情で歩いていたせいで、完全にどこかの国のお姫様として認識されてしまっていた。城で功績をあげたサンディが一緒にいることも、その勘違いを助長している要因である。
そしてその話題が、偶然商店街を通りかかったモルコの耳に入り、姪の所にどこかのお姫様がいると報告してしまい、警備隊は大混乱となるのだった。
「なかなか起きないのよ、アリエッタ……」
外で起こっている事など知る由も無く、アリエッタが起きるのを食べながら待っているパフィ達。
さすがに心身ともに疲れ切ったアリエッタを起こす事も出来ずに、お昼をどうやって食べさせようか悩んでいた。
そこへ1人の男がやってきた。
「あの、サンディさん……今すぐに裏口から出て帰宅する事をお勧めします」
「あら、どうしてなの? 店長さん」
申し訳なさそうにサンディに話しかけたのは、レストランの店長だった。
店長はチラリとアリエッタを見て、店の前に人だかりが出来ていて出られない事を伝え、支払いは落ち着いた時でいいからと、急いで裏口へ案内した。
「よく分からないけど、言う通りにするの。また食べにくるの」
「ええありがとうございます。お忍びのご様子ですし、本日は私どもは何も見ておりません。お気をつけてお帰りください」
「はぁ……?」
気を使った店長も、完全に誤解している1人だった。
誤解されている事も、気を使われている事も、まして自分達のせいで大騒ぎになっている事も気づかないまま、サンディ達は裏道から別の通りに抜け、何事も無く帰って行った。
「ぅおい! いったいこのサワギはなんだっ!」
昼過ぎに帰ってきてのんびりしていると、ピアーニャが慌てて帰ってきた。
いつものノリだなと思いながら、ミューゼが出迎える。
「あ、おかえりなさーい。クリムの実家ってどんな感じでしたー?」
「ごくフツーのミンカだったが……いまはそんなことはどーでもいい! いったいショウテンガイでなにをやらかした!?」
「へ?」
もの凄い剣幕で詰め寄るが、騒ぎに気付かなかったミューゼは何がなんだか分からない。
興奮するピアーニャを宥めてリビングに戻ると、ソファに寝かされていたアリエッタが丁度目を覚ます瞬間だった。
『バナナ型の牛だけはダメーッ!』
着せ替え地獄の影響か、悪夢を見ていたアリエッタは前世の言葉を叫びながら飛び起きた。
その場にいた全員が驚き、傍でアリエッタの様子を見ていたパフィがすぐに心配そうにのぞき込み、抱きしめる。
「怖い夢みたのよ? よしよし……もう大丈夫なのよ」
「わぷっ…」(うわっ牛!? じゃなかった…ぱひー?)
一休みして精神も回復したアリエッタは、元の状態に戻っていた。
「なんだ? いままでねてたのか?」
(あれ? この声ってもしかして……)
いそいでパフィから離れ、声のした方を見た。その瞬間、アリエッタは満面の笑顔に、そしてピアーニャは引きつった笑顔になった。
「ぴあーにゃ~!」
「お、おう……おはよ……っ!?」
嬉しそうに駆け寄るアリエッタ。だがピアーニャは、その駆け寄ってくる姿を見て、口を開けて硬直した。
アリエッタの姿は帰ってくる前と変わっていない。つまりお姫様に見られたままの恰好である。
手を取られ、撫でられながらピアーニャは悟った。『こいつの存在が原因だ』と。
「ア、アリエッタ、もう大丈夫?」
「ひっ!?」
「えっ……」
ピアーニャの横にいたミューゼが心配そうにアリエッタに声をかけると、なんと小さな悲鳴を上げて大きく震えた。
(えっ? あれ? なんで?)
悲鳴を上げた本人が内心驚いている。そしてミューゼは……
「うそ……アリエッタが私を見て……『ひっ』て……」
ショックのあまり、中腰のまま固まってしまった。服屋での出来事が、完全にトラウマになっている様子である。アリエッタ本人は意識していない為、どうして自分が悲鳴を上げたのか、分かっていない。
止まってしまったミューゼをどうしたら良いのか分からないのと、ピアーニャをこのまま立たせたままなのは良くないという思いで、とりあえず手を繋いでパフィの下へと戻っていった。
「おい、ミューゼオラが……」
「アレはもう駄目なのよ。死んだと思っていいのよ」
「お、お姉ちゃん……」
心配しつつも遠慮がちに離れていたサンディとシャービットは、ミューゼの無残な姿を目の当たりにして恐怖した。自分もアリエッタに拒絶されたらああなる自信があると……。
ひとまずミューゼにもアリエッタにも近づこうとはせずに、部屋の隅から話に参加することにしたのだった。
「それで総長、血相変えてどうしたのよ。何か事件でも起こったのよ?」
「いやジケンというか……ゲンインはいまわかったが、どうしようもないコトもわかってしまってな……」
ピアーニャはアリエッタに抱っこされながら、真剣な顔で話し始めた。
「いまこのムーファンタウンに、どこかのリージョンのおひめさまがオシノビできていて、カンケイシャのいえでシュクハクしている…というウワサがあってな。ジュウミンはさわいでいるし、ケイビタイもそれをおさめながら、どうタイショするかをかんがえているらしい」
「あらそうなの? この町にそんな関係者がいたなんて知らなかったの」
「護衛の勉強になりそうなのよ、ちょっと会ってみたいのよ」
「お姫様か~、どんな人なん?」
全く事態を理解していない3人に、ピアーニャがはっきりと言い放つ。
「お・ま・え・ら・の・こ・と・だ!」
『えっ?』
まさか自分達が『お姫様の関係者』だと思っていなかった3人は、間の抜けた声で返事をする。
構わずにピアーニャはアリエッタを見て、話を続ける。
「で、その『おひめさま』というのが、こいつのことだ」
(うん? ぴあーにゃどうしたのかな? 甘えたいのかな? よしよし、ぎゅーってしてあげよう)
急に抱きしめられたピアーニャは少しイラッとしながらも、一旦アリエッタをそのままにして、昼頃何をしていたか聴き出す事にした。
商店街の服屋で着せ替えしまくった事、警備隊に報告にいったパフィが合流したら、ドレス姿で放心していたアリエッタが歩いてきた事、レストランで食事していたらなぜか裏口から出るように言われた事……それらを聞いたピアーニャは、ため息をついた。
「このヨウシでこんなフクきてたら、ちゅうもくされてアタリマエだな」
「可愛いから仕方ないのよ」
なぜかパフィは誇らしげである。
「おまえなぁ……『おひめさまがサンディといっしょにいる』というハナシはもうひろまってるから、ここにヒトがさっとうするのもジカンのモンダイだぞ」
「え……」
丁度その時、玄関からドアを叩く音が聞こえた。