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「……それでそれで、あのロンデルさんとは良い感じだったりしないの? シーカーの偉い人とか玉の輿じゃない」
「何言ってるし。あんまり面識もないし。ボクよりもパフィの方が距離近いし」
クリムの前で楽しそうに質問しているのは、クリムの母親のフラン・シルフィーユ。
実家に帰ったクリムは、昼食を食べながら母親に質問攻めにされていた。同行していたロンデルとの関係、パフィとの仲、ファナリアでの出来事など、のんびりと話していく。
「そんなに可愛い子が、どうしてパフィちゃんと一緒にいるの?」
「いくら母さんでも教えられないし。あんまりあの子の事広めて、迷惑かけたくないし」
店を経営しているお陰で責任感も高まっているクリムは、不用意に他人の事を話したりはしない。フランは少しゴネたが、可愛くて珍しい子供の事が広まったら誘拐されるからと言われ、渋々諦めた。
「う~でも気になる~……」
「母さんは口が軽いからダメだし。子供を守るのは大人の仕事だし」
「あう……クリムが私より立派になってしまった……嬉しいけど悲しい……」
娘の成長に悲しむ母親。親心は複雑である。
「でも、パフィちゃん達と一緒に何してるかとかくらいは聞かせてよ~」
「わ、わかったし……」
クリムはラスィーテに来てからの事を話し始める。橋の事、悪魔の事、夜の事……。フランは嬉しそうに聞き入っている。
「……今頃は、あの子がもみくちゃにされて……パフィの家でおかしな事になってる気がするし♪」
「それ気になる~」
この数日でアリエッタを中心として様々な事が起こったのを見たり聞いたりしていたクリムは、ムーファンタウンを出てからは、今日はきっとパフィ達が変な事に巻き込まれてるんだろうなと思いを馳せていた。
その予想は勿論──
──大正解である。
「こんなところで跪かないでほしいの! お義兄ちゃん!」
「警備隊の偉い人が来たから何事かと思ったのよ。本当に何事なのよ!」
(なにこれ? この人達誰?)
(なんか家がお城みたいな事になってるん……お城見た事ないけど)
警備隊のモルコと上司達の計3名がストレヴェリー家にやってきて、リビングの入り口で跪いた。その横には固まったままのミューゼが、放置されたままになっている。
なんとなくこんな事態を予測していたピアーニャは、ため息を1つ。
「ほらみてみろ、おまえらがキセカエしてガイシュツするからだ」
「私も、買い物はミューゼに任せて警備隊に報告してたから知らなかったのよ。全ての責任はママにあるのよ」
「パフィ!?」
服屋に入って着せ替えする事だけは予想していたものの、まさかそのまま連れ歩くとは思っていなかったパフィは、とりあえず責任の所在を親に丸投げした。
まずは誤解を解かねばと、ピアーニャが説明を始める。しかし、
「あ~お嬢ちゃん。嘘だって事は分かってるから、隠さなくてもいいんだよ? 大丈夫、おじさん達はちゃんと秘密にするからね」
幼女の言葉を鵜呑みにしない、やさしい顔の警備隊長。当然の反応ではある。
(うぐぐ……シュクルシティならともかく、ムーファンタウンだとさすがにメンシキないぞ。ロンデルつれてくるんだった!)
ロンデルは現在、町中で『お姫様』の話を調査中の為、帰ってくるのを待つしかない。
そしてピアーニャがどう対処しようかと考えている間にも、事態は更にややこしくなっていく。
「隊長、お姫様の膝に乗っているという事は、あの子も同等の立場なのではないでしょうか」
「そ、そうか! 申し訳ございません!」
「いやいや……」
ピアーニャまでお姫様認定されたところで、ストレヴェリー家の3人は少し離れてコソコソと相談を始める。それを察してピアーニャが警備隊に、どうしてそう思うのか、町の状況はどうなっているかを聴いて、時間を稼いでいった。
ラスィーテにはそもそも王家とか貴族といったものがなく、その手の情報はファナリアなどのリージョンからの来訪者による話や、物語の中での存在でしかなかった。だからこそ、お姫様の恰好をしたアリエッタの人形のような立ち振る舞いは、話でしか『お姫様』を知らない人々に誤解を与える事態を引き起こしたのだ。
さらに、そういう目新しい情報は、世間話として広まるのも早い。警備隊が把握しているだけでも、既に町の大部分まで広まっていたという。
「……もうこのままひきこもって、クリムひろってコッソリかえるか」
『えぇ~~~っ!?』
説明を聞いたピアーニャの心底面倒くさそうな呟きに、不満の声を上げるサンディとシャービット。
「もっとアリエッタちゃんとお買い物したいの!」
「総長ちゃんひどーい!」
「いやオマエラのせいだからな!?」
「では買い物の間は我々が警護を!」
「そんな事されたら目立つのよ」
元凶の抗議から始まり、家の中が一気に騒がしくなる。
少し言い合った後、それは突然ピアーニャに襲い掛かった。
「だから──ぐぇっ!?」
突然潰れたような声をあげ、会話を中断。変な声に全員が注目。そこにはピアーニャの後頭部に顔を押し付け、生気を失った目でカタカタ震えるアリエッタがいる。
「おかい…もの……?」(『おかいもの』ってあの服をいっぱい着せられるアレの事? やだやだやだやだこわいこわいこわいこわい!)
「ぐるぢぃ……どう…じだ……」
「めっ……おか…いも…の……めっ……ひぅっ」
なんと午前中の度重なる着せ替え行為が、アリエッタの心に深い傷をつけていた。いくら中身が元おっさんでも、大人の精神がトラウマになる程の精神的苦痛を、幼い女の子の感情で耐えるなどという事は不可能である。
表情を無くして震えながら泣くのを見てしまったパフィは、慌ててアリエッタを抱きかかえ、大声で指示を出し始める。
「ママ! 伯父さん達にはちゃんと帰ってもらうのよ! 私はこの子を落ち着かせるのよ!」
「まてぇ! わちごとだっこするなぁぁぁぁぁ〜〜〜……」
そのまま自分の部屋へと走って行った。幼女1名のオマケ付きで。
残された一同は、どうしよう…という眼差しで、お互いを見つめ合っている。
「え~っと……それじゃお義兄ちゃん。何もせずに帰ってほしいの。何かしたら人が増えるの」
「わ、分かった。隊長、先輩……いきましょう」
「ああ……ところでそちらの少女はどうしたのかね?」
ずっと固まったままのミューゼの事を聞かれ、サンディは「気にしないでほしいの」と言うしかないのだった。
「まったく……こんなおさないコのココロに、ふかいキズをきざみこんだのか……やれやれ」
「報告にいって情報収集もしていたのは、4刻前から6刻前頃までなのよ。その間ずっと遊ばれていたのよ?」
「ミューゼオラはあとでセッキョウだな」
パフィの部屋に運ばれたアリエッタは、ソファの上で震えながら泣きじゃくっていた。その涙を受け止めているのはピアーニャ。そこに本来の大人としての包容力をばっちり感じさせ……るなどという事は全く無く、相変わらず抱っこされたまま、頭のてっぺんから流れ落ちる涙で、上半身をベチョベチョに濡らされていた。
「タオル……」
「はいなのよ」
抱き締められていて動けないピアーニャは、悲しい気分になりながら、パフィに顔を拭いてもらった。
「ぐすっ……めっ…めっ……おか…もの……ずびっ……めっ……」
「あ~……これはいつのまにか『おかいもの』を覚えたのよ。しかも間違ったまま悪い意味で」
「!! めーっ!」
「この『め』はなんだ?」
「叱った時に言ったのを覚えたのよ。『ダメ』って意味なのよ」
『おかいもの』を着せ替え人形にされるという意味で覚えてしまったアリエッタ。間違った上にトラウマを抱えてしまっては、正すのは非常に困難である。
「会話も出来ない子に言葉を教えるって、難しすぎるのよ……」
「そうだな……」
ピアーニャはベチョベチョになりながら途方に暮れていたが、パフィの方はそうもいかない。意を決したパフィは、素早くピアーニャを取り上げてベッドに放り投げると、慌てるアリエッタをすぐに抱きしめる。
そして「大丈夫、大丈夫」と言いながら、頭や背中を撫でていった。しばらく続けていると、アリエッタの体の震えも涙も徐々に収まっていく。
「なんとかなりそうか?」
「ええ、落ち着いてきたのよ。今のうちに総長に頼みがあるのよ」
「なんだ?」
「絵を描く道具が欲しいのよ。荷物はリビングにあるはずだから、それをアリエッタに渡したいのよ」
「なるほどな、りょうかいした」
ピアーニャが道具を取りに行っている間に、パフィは涙で濡れた服を着替えさせようと試みる。
しかしアリエッタは脱がされるのを怖がって、なかなかうまくいかない。
(怖いっ……着せ替え怖いっ!)
(これは困ったのよ……なんとか着替えさせるには……あぁ)
パフィは服を一式だけ手に取り、アリエッタの傍に置いた。そして指を差したり自分で動いて見せたりして、アリエッタにやるべき事を伝えようと試みる。
「服を…こう脱いで……これを…着るのよ……」
(えっと……着替えろって事……かな?)
服を脱ぐ、服を着るというジェスチャーが簡単だったお陰で、上手く意志は伝わっている。無理矢理脱がせたり着せたりさえしなければ、怯える事も無い。
(この服も可愛いけど……服屋のみたいに可愛すぎるのは僕には合わないよ……なんでみんな、あんな事するんだよぉ)
本人は生まれ変わって随分可愛くなったなぁ~と思ってはいたが、それで溺愛されるなどとは全く思っていない。まさか酷い目に合う原因が自分の容姿が良すぎるせいだとは、夢にも思っていなかった。
パフィが渡したのは、着るのに手間取らないフード付きワンピースで、動物の耳と尻尾がついている。『アリエッタに似合う可愛い服』を服屋で選んで買う為、地味で無難な服が手に入る事はほぼ無い。
アリエッタも可愛い服になんとなく慣れてきたせいか、一瞬考えるだけで、問題なく着るようになっていた。
「うんうん、凄く可愛いのよ。やっぱり無理矢理着せるのはよくないのよ」
「あたりまえだ。わちもされたことあるが、めつきがオナカすかせたケモノみたいでコワいからな」
丁度戻っていたピアーニャは、ソファに紙とポーチを置き、涙で濡れた体を洗う為に風呂場へと向かう。その後をしょんぼりしているサンディがついて行った。体を洗いながら説教する気なのだ。
パフィは紙とポーチの横にアリエッタを座らせ、ベッドでくつろぐ事にした。
(せめてアリエッタがやりたい事を、知る事ができたら…って思うのよ。私が貴女と一緒にいたいと思っているだけだから、あの時傷つけたお詫びにもなってないのよ……)
(うぅ……冷静になったら、ぱひーとぴあーにゃの前であんなに泣いてたのが恥ずかしい。一応元大人なのに……迷惑かけちゃったし、これで謝ろう)
レウルーラの森での出会いは、パフィにとって忘れられない出来事だった。今でもアリエッタを斬った感触を思い出している。
ため息をつき、様々な想いがこもった悲しい目で、絵を描く少女を優しく見守り続けるのだった。