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守恵子《もりえこ》は、コクンと頷き、はにかんでいる。


紗奈は、ポロポロ涙を流していた。


守恵子が、臥せる原因を作ったのは、不用意に、国へ帰ると言ってしまったからなのだと、守恵子の胸の内を思い、紗奈は、気持ちを押さえ切れなかったからだ。


「守恵子様、では、私達は、お言葉に甘えて、国へ帰る為、おいとま頂きます」


常春《つねはる》が、平伏し、守恵子へ、告げると、泣きじゃくる妹を見た。


「紗奈、いや、徳子《とくこ》様、急ぎ、国元へお戻りください。あちらでは、あなた様のお帰りを待ち望んでおります」


言うと、紗奈へ向かった常春は、再び頭を下げた。


しぃーんと、静まり返っていた場は、更に、静まり返り、そして、皆、何を言えば良いのかと、おどおどしている。


「徳子様って、誰ですか?」


小さいが、しっかりとした声が、その静寂を撃ち破る。


「うわー、タマ!その名を言わないでー!」


泣きじゃくりながらも、紗奈は、慌てて、守恵子の枕元に座っているタマを制した。


「え?!って、ことは、上野様のこと?!徳子って?!」


だからっーー!と、紗奈は、慌てている。


「あっ!そうでしたわ!そうそう、そんな、名前でしたね!」


「女房殿?よくわからんのじゃが?」


うっかりしてたと、橘が、言う側から、髭モジャが、どういうことじゃと、言って来る。


「お前様、紗奈は、そもそも、受領の娘。貴族の姫君ですよ」


「おお!そうじゃったなあ!ワシが、紗奈のかか様を迎えに行ったことがあったなぁ」


だから、成人した今は、名前が……と、橘は、懐かしそうに昔の事を思い出している髭モジャへ言った。


「おお、そうだった。我が屋敷では、あくまでも、女房ゆえに、上野と、呼んでいたから、本来の名前をうっかり忘れておった!」


守近が、うんうんと、頷いている。


わからないのは、斉時で、


「なあ、薬院よ、あんた、今起こっていること、わかるかい?」


と、康頼《やすのり》へ尋ねている。


「斉おじさま!師匠様を、巻き込まないでください!」


守恵子が、斉時を叱咤して、あいすみません、と、康頼へ、謝った。


「いや、守ちゃんよ、斉おじさま、さっぱりわかんねぇんだけど、その、勢い、おじさま、喋っちゃ、いけないのかい?!」


「はい」


きっぱり、守恵子に答えられ、斉時は、ひい、と、息を飲み、母子共に辛辣で、と、呟き、目を回しかけている。


「いや、皆様、あのですね」


「そうそう、そんなに、騒がないでくださいよーーー!!!」


常春と紗奈は、騒ぎの元を作ってしまったと、おろおろしつつ、二人で顔を見合せるが……。


「守恵子、大丈夫そうだなぁ!ああ!よかった!!」


何故か、女人が持つ桧扇《ひおうぎ》を握りしめた、守満《もりみつ》が、ドタドタと駆け込んで来くる。


「屋敷へ戻ると、守恵子が大変だと聞かされ、いやぁ、肝を冷やした!」


で?と、きょろりと、守満は、辺りを見回した。


「いや、守満様こそ、どうされました?なぜ、その様な物をおもちで?」


「あー、常春、これには、深い訳があって……」


守満は、今しがた起こったことを語り始める。


そして、守近へ、桧扇を差出し、


「父上、いったいどうすれば……」


と、困りきった顔をした。


「おお、徳子は、どう思う?」


「いや、そこは、守恵子は、でしょうよ?守近」


どうしても、斉時は、喋りたいようで、ここぞと、いう所へ割り込んで来るが、


「うん、橘の方が経験豊富かな?」


「何を、おっしゃいますやら、女人に関しては、守近様の方が……」


「はい、そう思いまして、守満、父上にお伺いいたしたのです」


守近、どころか、橘、守満にまで、相手にされず、斉時は、ついに、皆に背を向けて縁に、寝転がってしまった。


「あー、お前さん達、終わったら呼んどくれ」


ふてくされた、態度を見せるが、誰も、答える訳でもなく、一層、わいわい、盛り上がり始める。


「ありゃー、ワシも、気付かんかった。守満様、申し訳ありません」


髭モジャが、慌てて膝をついていた。


「いや、それは、仕方ないよ、髭モジャ。皆、車を押すのに、精一杯だったんだから」


しかしなぁ、お乗りになっていた、姫君も、お困りだろう。と、守満は、手にする桧扇に目をやった。


「……な、なんなんですか?!そ、それは、つ、つまり、姫君が、守満様に拾って欲しくて、わざと落としたのでしょ?そんなことも、お、お分かりにならない、わ、若君になど、もう、常春は、お、お仕えできません。さ、さあ、紗奈、いや、徳子様、い、今すぐ参りましょう!」


常春が、さっと、紗奈を見る。


「あーーーー!!!はいっ!!兄様!!兄様にでも、わかることが、わからないなんて、わたしも、げんかい、ですうーーー!」


紗奈も、なにか、見切った素振りを見せて、すっくと、立ち上がり、おさらばだぁーー!!!と、叫ぶ。


そして、兄の元へ行き、その袖を引っ張るようにして、こんなとこでなんか、やってらんないと、捨て台詞を残し、房《へや》を出た。


「まったく、なんて、やつらだ。皆、ほおっておくように」


と、言い切る守近の瞳は、潤んでいる。


はいっ!!と、守満と、守恵子も、大きく返事をしたが、しかし、二人の頬には、涙の筋がある。


「あー、髭モジャや、本当に、出ていったかどうか、確かめて来てくれ。なんなら、若を、使って、追い出してもよいぞ!」


「はい、かしこまりました。二人の為に、牛車《くるま》の用意で、ございますな!」


お前様!と、橘が、髭モジャをおもいっきり、小突く。


「なんじゃ、まったく!皆、素直じゃないのお!最後ぐらい、笑って、見送ってやればよいのに!」


立ち上がり、二人を追う、髭モジャも、袖で、ごしごしと、目元をこすっている。


「全く、素直じゃないんだから……なんですか、おかしな芝居を打って……」


皆を諌める橘は、あー、旅支度を

!と、慌てて駆け出す。


「いや、ちょっ、あんたら、いいのかよっ!常春も、紗奈も、怒って、出ていっちまったぞっ!!」


斉時は、言いながら目を白黒させ、立ち上がろうとした。そのとたん、慌てすぎたのか、うわっ、という声と共に、ドタンと音をたて、縁から転がり落ちた。


「あっ」


と、康頼《やすのり》が、身を乗り出したが、


「師匠様、斉おじさまは、中庭が、良いらしいので、どうぞ、お気になさらずに!」


守恵子の明るい声に、制されるまま、不思議そうに、斉時を眺める。


「守恵子?師匠様とは?」


守満が、守恵子へ問い、実は……と、こちらも事情が明かされて、へえーと、守満が、呑気な声をあげた。


一人消え、二人消えと、去っていった者はいるが、どこか和やかな空気が流れている房の傍らでは、徳子《なりこ》が、童子と様子を伺っていた。


「騒がしいから、守恵子に何かあったのかと思ったら、寂しくなりますね……。童子や、二人を見送ってやって」


はい、と、童子こと晴康《はるやす》は、答えると、タマおいで、と、言い残し駆けて行った。

羽林家(うりんけ)の姫君~謎解き時々恋の話~

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