テラーノベル
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スパル・ノヴァは、三方を水に囲まれた天然の要害である。
北を広大な潟湖、南と西を海に囲まれ、
東だけが細い地峡によって陸地と繋がっていた、
その海岸線には高い城壁が築かれている。
陸から都市へ入る道は、東に設けられた城門ただ一つ。
スパルーニャ最大の港湾都市にして、
バルカ軍の兵站を支える事実上の首都であった。
守将ヒミルコが率いる兵は、およそ千名。あとは民間兵だけだった。
決して多くはない。
だが、ヒミルコはそれで十分だと考えていた。
ハスドルバルとマーゴは、それぞれ大軍を率いて西方バエクル方面に展開している。
そしてグラン軍がスパルーニャへ新たな軍を送り込むなら、
まず北東部の拠点タラコへ上陸する。
そこで現地軍と合流し、兵を整え、補給路を確保する。
それから南下する――。
それが戦争というものだった。
少なくとも、ヒミルコはそう考えていた。
「敵艦隊です!」
その報告を受けた時も、ヒミルコはまだ事態を理解していなかった。
「どこだ。」
「南東の海上! 三十隻以上!」
「……何?」
続いて、城壁の上から別の兵が叫んだ。
「陸上にも敵軍!」
「東方より接近! およそ三万!」
ヒミルコは城壁へ駆け上がった。
そして、言葉を失った。
海にはグランの軍艦が並び、
東の地平には、三万の軍勢が姿を現していた。
「馬鹿な……。」
タラコではない。
バエクルでもない。
敵は補給拠点を作ることも、周辺都市を攻略することもなく、
スパルーニャへ上陸したその足で――
首都スパル・ノヴァへ襲いかかってきたのである。
「敵の指揮官は誰だ!」
やがて返ってきた名を聞き、
ヒミルコは初めて、自分が何と戦っているのかを知った。
「スピリタスです。」
敵は、いきなり心臓をついてきた
南と西の海上から、三十隻の軍艦が城壁へ投石を浴びせていた。
艦隊を指揮するのはラエリウス。
東では、シラヌス率いる二万を超える兵が城門を包囲している。
ヒミルコの目は、完全にそちらへ向いていた。
そのころスピリタスは――
北の潟湖を隔てた対岸にいた。
傍らにいる兵は、わずか二千。
目の前には水。
その向こうには、ほとんど守兵の姿すらない城壁が見える。
スピリタスは何も言わず、水面を眺めていた。
やがて――。
剣を抜いた。
ゆっくりと、その切っ先を天へ向ける。
「……おい。」
一人の兵が声を漏らした。
水が動いていた。
潟湖を満たしていた水が、ゆっくりと沖へ退いていく。
やがて水面の下から、黒い土が姿を現した。
それはまるで――
スピリタスの剣に応じて、神が城までの道を開いたかのようだった。
二千の兵が息を呑む。
スピリタスは剣を掲げたまま、城壁を指した。
「よいか!」
「あの中のお宝は――」
にやりと笑う。
「残らず、お前らのものだ!」
歓声が上がった。
「つっこめえ!」
剣が振り下ろされる。
二千の兵が一斉に駆け出した。
先ほどまで水の底だった大地を踏みしめ、
誰一人として守る者のいない城壁へ向かって。
ヒミルコがその異変を知った時には――
すでに城壁に、グラン軍の梯子が掛けられていた。
城門が開いた。
待ち構えていた二万を超えるグラン軍が、一斉に市内へ雪崩れ込む。
城内では激しい混戦となった。
守将ヒミルコは兵をまとめ、最後まで抵抗を続けたが、戦いの中で討ち死にした。
指揮官を失った守備兵は次々と武器を捨てる。
やがて――。
スパル・ノヴァの住民は、グラン軍へ降伏した。
わずか一日の戦いだった。
グラン軍が手にしたものは、あまりにも大きかった。
軍船十八隻。
輸送船六十三隻。
六百タラントの軍資金。
大量の武器と穀物。
そして、一万を超える捕虜。
だが――。
スピリタスが手にした最大の戦利品は、そのどれでもなかった。
城内の一角から、大勢の人々が連れ出されてきた。
老人。
女。
そして、まだ幼い子供たち。
彼らは、スパルーニャ各地の部族が反乱を起こさぬよう、
スパル・ノヴァに集められていた人質だった。
その数を見て、諸将は息を呑んだ。
これだけの人質があれば、スパルーニャの部族を従わせることができる。
だが、スピリタスは彼らを一瞥すると言った。
「帰してやれ。」
「……は?」
「全員だ。」
諸将がざわめいた。
スピリタスは続ける。
「ただし、故郷の者たちに伝えろ。」
「グラン王国と共に戦う者を、我々は友として迎える。」
その日のうちに、人質は全員解放された。
武器で奪ったのは、一つの都市。
だが、人質を返すことで――
スピリタスは、スパルーニャそのものを奪おうとしていた。
「さあ、ハスドルバル。どうする?」
スパル・ノヴァの城壁から西を眺め、スピリタスは笑った。
翌日――。
捕虜となった一万の兵が、広場へ集められた。
その前へスピリタスが一人で進み出る。
「諸君。」
「君たちには、二つの道が与えられた。」
捕虜たちが顔を上げた。
「グランと共に戦うか。」
一拍置く。
「奴隷となるかだ。」
広場がざわめいた。
だが、スピリタスは実に楽しそうだった。
「まあ、そう悲観するな。」
「諸君たちは幸運だ。」
「我がグランでは現在、工員と船の漕ぎ手を大量に募集している。」
捕虜たちの顔が引きつる。
「もちろん――」
スピリタスが指を鳴らした。
兵士たちが箱を運び込み、次々と蓋を開ける。
金貨が山のように積まれていた。
「我々と戦うというなら、持参金もこの通りだ。」
スピリタスは両手を広げた。
「さあ、どうする?」
とびきりの笑顔だった。
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コメント
1件
みぃだよ🖤 第72話、読んだよ…っ。スピリタスの電撃戦、めっちゃ痺れた。海と陸、同時に挟んで、さらに北の潟湖まで退かせて突入するとか、頭おかしいくらいカッコよすぎるでしょ…。そして人質を全員返して「共に戦うか、奴隷か」って選択肢を突きつけるとこ、スピリタスの人心掌握の上手さと怖さが同時に出てて震えた。 戦略だけでなく、キャラの魅力がしっかり伝わってくるエピソードだったよ。眠狂四郎さんの構成力、本当にすごい。次が気になる…🤍🥀