私は写真をお嬢様の目の前に突き出した。お嬢様の顔が、色を失い、すぐに紅潮し始めた。
当然だ。裸の自分が三人の男に弄ばれている姿を見せられたのだから。撮影した男もいるから、正確には四人の男。
「それでも……ご満足いただけたのなら、お貸しした甲斐がありましたわ」
お嬢様は私の手から写真を奪い取り、握り潰した。
「どこで……」
お嬢様はわなわなと身体を震わせていた。
私はお嬢様を威嚇させるため、胸の前で腕を組み、不遜な態度を見せた。
「二度と蒼の前に姿を見せないで——」
ちょうどエレベーターが停止するベルが聞こえ、お嬢様は顔を伏せたまま走り去った。
「何もそこまで……」と、蒼が呟いた。
「あなたなら写真を使わずに、部屋でゆっくり説得できたのかもね」
「咲!」
八つ当たりなのは自覚している。
「ごめん……」と言って、私は目を伏せた。
「嫉妬してるのが自分だけだと思うなよ」
蒼の腕が私の腰を引き寄せ、私は彼の胸に身体を預けた。
「満井くん、春田さん、心配してくれてありがとう」
「いえ……」
「俺と咲は大事な話があるからしばらく会場には戻らないって、藤川さんに伝えてもらっていいかな」
「わかりました」
満井くんと春田さんは会場へと戻って行った。私は照れ臭さから、顔を上げることが出来なかった。
「咲、おいで……」
蒼は私の腰を抱いたまま、1303号室にカードキーを差し込んだ。
部屋に入るなり、蒼の唇が私の唇を塞いだ。
「なんで……充兄さんが選んだドレス着てんだよ——」
蒼の熱い唇が私の首や肩に触れる。
「蒼だってあのお嬢様に——」
蒼の舌に言葉を絡めとられる。
蒼の手が私の身体の線をなぞり、求められているのがわかる。
「くそっ!」
蒼が苛立ちを吐き捨て、私を抱き締めた。
「咲、荷物は?」
「充さんの部屋」
泊まるかは別として、充さんだけでなく和泉さんも真も部屋を取っていた。
「パーティーが終わったら、荷物持ってここに来いよ。ドレスのままで」
「なんでドレスのまま?」
「こんなそそるドレス脱がせるチャンスなんて、そうあるもんじゃないだろ」と言って、蒼が私の胸に顔を押し付けた。
「それに、充兄さんの部屋で着替えるとかナイから!」
私と蒼はもう一度キスをして、熱い身体に鞭を打ってパーティー会場に戻った。
城井坂麗花だけでなく、父親の城井坂社長の姿もパーティー会場から消えていた。
さすがに、三十分前までと違う女をエスコートして会場に戻るわけにはいかず、私たちは別々に会場に戻った。
「お早いお帰りで」と、充さんがいやらしい顔で私を出迎えた。
「みっちゃん、嫌い……」
私が冗談で『みっちゃん』と呼ぶと、充さんは顔を真っ赤にして手で口を塞いだ。
「おまっ——」
「何ですか、その反応。冗談ですよ」
「充は不意打ちに弱いからねー」と言いながら、和泉さんが私にグラスを差し出した。
「お嬢様の撃退に成功したみたいだね」
「蒼には叱られましたけど」
私はグラスを受け取り、一口飲んだ。
「蒼は甘いからね」
見ると、蒼は真と話している。私と真がパーティーに出席することを、黙っていた経緯を話しているに違いない。
「火曜九時に取締役会を開く」
和泉さんが言った。充さんも頷く。
いよいよか……。
「わかりました」
「シナリオに変更はないかい?」と、和泉さんが聞く。
「ありません」と、私が答える。
「じゃあ、思う存分踊らせてもらうよ」と充さんが笑った。
私たち三人は、空になりかけたグラスで乾杯をした。
*****
パーティーを終えると、言っていた通り蒼はゆっくりと私のドレスを脱がせた。この前とは違い、お互いの肌の感触と快感に身を委ね、久しぶりに純粋にセックスを楽しんだ。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、ルームサービスが届いていた。サンドイッチとフルーツとコーヒー。
「酒の方が良かったか?」
私は蒼の隣に腰を下ろした。
「ううん」
「パーティーでは全然食えなかったからさ」
「そうね。私もお腹空いた」
蒼がフォークに刺したイチゴを、私の口に運んだ。私は冷えたイチゴを頬張る。
「取締役会のこと……俺は聞かない方がいいか?」
「いいえ、話しておくわ」
私の返事に、蒼は少し驚いたようだった。
「川原や清水にレイプ事件での法的な処分は下されない」
「前にも言っていたな。理由は?」
「被害者女性たちの望みだから」
「被害者の……?」と、蒼は更に驚いた顔をした。
「私が被害者女性たちに会いに行ったことは知ってるでしょう? 事実確認と、犯人たちの処罰について聞き取り調査してきたの。女性たちは事件が公になることを望んでいない」
「そういうことか……」
「清水のPCの写真の中には、被害者でない女性もいたわ。清水に話を持ち掛けられて、進んで身体を差し出し、見返りに金品を受け取っていたの。収賄が会社にバレてクビになっていた女性もいたし、自分の罪を恥じて後悔している女性もいた。逆に、被害に遭ってから男性に恐怖を感じて外出できなくなった女性もいた。みんな、事件が公になって自分たちの過去が晒されることは望んでいないの。たとえ、それで清水たちが罰を受けることになっても」
「そうか……。でも、それじゃあ、清水たちは会社を追われただけで無罪放免か?」
「そうはさせないわ。彼らは贈収賄と不正入札の罪で告発される。レイプ事件については隠し通してね」
「出来るのか?」と、蒼が聞く。
「やるわ」
「川原の関与は証明できるのか?」
「ええ。川原は実行犯ではないけど、清水に指示を出していたことは認めているから。それに、川原は全財産を被害者女性たちに差し出したわ」
「謝罪のつもりか?」
私は頷いた。
「実行犯とされた人たちは懲戒解雇されているから……」
「宮内は?」
「それなんだけど……」
私は言葉を濁して、コーヒーに口をつけた。
「証拠が足りない……か?」
「気づいてたの?」
「川原を見つけた時の話では、宮内の関与を立証できないだろうなとは思ってた。直接犯罪を指示していたわけではなさそうだったし、金を受け取っていたようでもなかったからな。でも、あの時の話がすべてではない可能性もあったから、もしかすると……とも思ってたんだけど」
「充さんが川原の聴取をした時も、同じことを言っていたわ。川原は宮内の言葉にヒントを得ただけで、直接関与した事実は川原にも認識はなかった」
蒼はサンドイッチを口に入れた。
「そもそも、宮内を罪に問えるのか?」
「そこなのよね……」と言って、私もサンドイッチに手を伸ばした。
「宮内の罪は、身分の詐称か? 川原に対する逃亡ほう助は……無理か」
「ええ。川原は会社から逃げただけで、警察から逃げていたわけではないから。今のところ、宮内の罪は身分詐称とT&Nグループに対するサイバー攻撃かな。それも、告発するのは難しいけど」
「社内の不祥事として調査するにも限界があるか……。でも、このままじゃ三か月後には広正伯父さんは勇退する。宮内と大越雪も会社を辞めちまったら、追及できなくなるぞ」
そうだ。
パーティーの冒頭で、内藤社長は自らの引退を三か月後に繰り上げると発表した。
わずかな沈黙。
「なんとかするわよ」と、私は苦し紛れに言った。
「無茶はするなよ」と、蒼が私にキスをした。
「聞かないの?」
「聞いて欲しいの?」
蒼が私のバスローブに手を掛ける。
「そういえば……城井坂麗花の写真は何だったんだ?」
「ああ……。あのお嬢様、乱交パーティーの常連なのよ。ネットで検索かけて、ちょっといじったらあの写真が出てきた」
「咲の言う『ちょっといじった』って、絶対ちょっとじゃないよな……」
「さぁ……?」と言って、私も蒼のバスローブのひもを解く。
「蒼って……もの好きよね」
「初めて言われたけど?」
蒼の髪が肌をくすぐる。
「こんな面倒な女……どうし……」
「どうしてかな……」
蒼が私の敏感なところを撫でる。
「あ……。んっ——!」
「ホントに、なんで……こんなに……」
快感に、意識が朦朧とする。
自分の声で、蒼の言葉が聞き取れない。
「なんでこんなに欲しいのかな——」
蒼に揺さぶられながら、私に感じて顔を歪める彼を愛おしいと思った。
「そ……ぉ……」
もっと私を欲しがって……。
「もっと——……」
もっと私に縛られて……。
「もっと…………」
もっと私を刻んで……。
「咲……!」
どうして……愛情は測れないんだろう——。
どうしたら……揺るぎない感情を伝えられるんだろう——。
「あい——」
大切な言葉は、快感の喘ぎにかき消されてしまった。