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昼休み、私はスマホを胸に抱いたまま、校舎裏のベンチにいた。
教室にいるのが、もう耐えられなかった。
「ひよりさ、加工アプリ通さないと微妙じゃない?」
「あれリアルの顔だったら、けっこうギャップあるかも〜」
そう言って笑っていたのは、1年の後輩たち。
私のことを知ってるようで、知らない誰かたち。
でも──
画面の中の私には、そんな声は届かない。
コメント欄には
《今日も女神》
《リアコです。生きててくれてありがとう》
《加工なしでこのクオリティは神》
そんな言葉が溢れていた。
画面の中だけは、私を“肯定”してくれる。
投稿アプリを開く。
自分のアカウントに、新しい動画が投稿されていた。
私が出していないのに。
喋ってないのに。
その声は、まるで私だった。
「こんにちは、柊木ひよりです! 今日も見てくれてありがとう!」
声は明るく、映像は完璧だった。
私より、私らしい私が笑っていた。
(ねぇ、お願い……もう私、そっちに入れて)
ふと、指先が震える。
スマホを握りしめる。
(どうして、“あっち”の私はあんなに楽しそうなの?)
教室に戻ると、席には“私の代わり”にプリントが置かれていた。
「撮影用の控え室が3F。関係者IDつけてきてください」
誰も説明してくれない。
でも、生徒たちは何も疑問に思ってない。
先生ですら「今日は放課後そのまま行ってね」と言ってくる。
私が“いなくても”成立する日常。
放課後、私は校舎の非常階段でひとりしゃがみ込んだ。
スマホを見つめる。
画面の中の“ひより”は、今日も投稿していた。
笑顔で。
清楚に。
完璧に。
コメント欄に誰かが書いていた。
《最近のひよりちゃんって、リアルよりリアルっぽい。
“存在感”が違うよね》
存在感?
それは──どっちの話?
私は指先で、画面をなぞった。
そこに映るのは、もはや私じゃない“柊木ひより”。
でも私はその笑顔に、安心してしまっていた。
ああ、私って、
こんなに明るかったんだ。
こんなにみんなに愛されてたんだ。
……ありがとう。
画面の中の私。
君がいるおかげで、私は“生きてるような気がする”。
──“現実”が崩れていく音が、静かにした。
でも、私はもう怖くなかった。
画面の中に、帰る場所があったから。