テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#遊戯をしましょう!
#一次創作
桜
100
#創作BL
灯依
689
第6話「体育祭は交代制」
グラウンドは朝からざわめいていた。
校庭の門には、今日の注意事項が大きく貼られている。
人格交代は競技中も有効。
ただし、走路から大きく外れた場合は減点。
応援人格の過剰発声に注意。
踊る人格は周囲との距離を確認すること。
ユウトはそれを見て、ため息をついた。
赤い体操着の胸元には、人格タグが付いている。
小さな画面が、朝から落ち着きなく震えていた。
代表人格 ユウト
交代候補 全力疾走人格 応援人格 踊る人格
「今日は代表で走る。絶対に」
ユウトは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
すぐ横で、ミカが黄緑のはちまきを結び直していた。
彼女のタグも忙しい。
代表人格 ミカ
交代候補 応援人格 作戦人格 泣き虫人格
「無理じゃない?」
「言い切るの早いよ」
「だってユウト、去年もリレー中に踊ったじゃん」
「あれは事故」
「一周半スキップしたのも?」
「あれも事故」
「最後に観客席へ手を振ったのは?」
「……記憶にありません」
ミカは笑った。
その笑い方が、すでに少し応援人格っぽかった。
グラウンドの端では、先生たちが競技用タブレットを確認している。
この学校の体育祭では、走順だけでなく、各生徒の人格傾向も管理されていた。
全力疾走人格が出やすい生徒は直線向き。
作戦人格が強い生徒は障害物競走向き。
踊る人格が出やすい生徒は、走路の広い種目に回される。
ユウトはなぜか、クラス対抗リレーの第二走者だった。
一番まずい場所だった。
勢いが必要で。
注目されて。
交代もしやすい。
ハル先生が笛を首から下げ、ユウトの前に立った。
「ユウト、今日の目標は?」
「代表人格のまま走りきることです」
「いい目標だ」
「できますよね」
ハル先生は少しだけ目をそらした。
「できると信じている」
「今、目をそらしましたよね」
「信じることは大切だ」
開会式が終わり、競技が進んでいく。
玉入れでは、投げる人格と数える人格が交代しすぎて、かごの下で全員が計算を始めた。
綱引きでは、応援人格が出すぎて、引くより叫ぶ方が強くなった。
障害物競走では、慎重人格が網の前で人生について考え始めた。
それでも誰も驚かない。
観客席の保護者たちも慣れている。
親たちはスマホで子どもの人格タグを確認しながら、笑ったり、手を振ったり、たまに内側の人格に応援を頼んだりしている。
昼前。
ついにクラス対抗リレーの時間が来た。
放送席で、ソウタがマイクを握る。
灰色のベストの胸元で、人格タグが点滅していた。
代表人格 ソウタ
交代候補 実況人格 解説人格 あわて人格
「これより、クラス対抗リレーを始めます」
落ち着いた声だった。
すぐに声の熱が上がる。
「さあ、全校が注目する最終種目!人格交代あり、作戦あり、時々なぜかダンスあり!」
実況人格が出た。
放送席の隣にいた先生が、そっとマイクの音量を下げる。
ユウトは第二走者の位置についた。
手のひらが少し汗ばんでいる。
第一走者のミカが、スタート地点でこちらを見た。
黄緑のはちまきが風に揺れる。
「ユウトー!」
ミカの声が飛んできた。
「ちゃんと受け取ってよー!」
「そっちこそちゃんと渡してよ!」
ピストル音。
走者たちが一斉に飛び出した。
ミカは代表人格のまま、きれいな走りで前へ出る。
しかし途中で、応援人格に変わった。
走りながら自分で叫ぶ。
「いけー!私ー!速いぞ私ー!」
観客席が笑う。
ミカは叫びながらも速かった。
自分で自分を応援し、その勢いでさらに加速した。
放送席でソウタの実況人格が叫ぶ。
「ミカ選手、自分を応援しながら独走!これは強い!自己完結型応援の完成形です!」
次の瞬間、解説人格に交代する。
「なお、応援人格は呼吸が乱れやすいため、後半で速度低下する可能性があります」
また実況人格。
「しかし落ちない!声も速度も落ちない!」
ミカがユウトへ近づいてくる。
バトンが差し出される。
「ユウト、いけー!」
「任せろ!」
バトンが手に触れた。
その瞬間。
ユウトの中で、全力疾走人格が目を開けた。
地面が近くなる。
足が勝手に前へ出る。
風が顔を打つ。
ユウトは走った。
代表人格の予定なんて、足の裏で踏みつぶされた。
全力疾走人格は迷わない。
ただ前へ。
ただ速く。
ただ追い抜く。
「ユウト選手、速い!速すぎる!人格交代が完全に加速へ変わっています!」
ソウタの実況が弾む。
一人抜いた。
二人抜いた。
観客席が沸く。
クラスメイトが叫ぶ。
「そのまま!」
「ユウトいけ!」
「今日は踊るな!」
その一言が、よくなかった。
ユウトの中で、踊る人格が顔を上げた。
呼んだ?
呼んでない。
呼んでない。
呼んでない。
けれど体は少しだけ跳ねた。
右足がリズムを拾う。
腕が走る形から、なぜか舞台の形に変わる。
「うわっ」
ユウトは自分の口で言った。
次の瞬間、全速力の途中でステップが入った。
一歩。
二歩。
くるり。
観客席が爆発したように笑った。
「出たー!ユウト選手、ここで踊る人格!直線でまさかの回転!」
ソウタの実況人格が叫ぶ。
解説人格がすぐ続く。
「しかし回転角度は小さく、走路は維持しています。減点対象ではありません」
あわて人格が割り込む。
「いやでも危ない!え、これ大丈夫?先生、大丈夫ですか?」
放送席まで人格交代で混ざり始めた。
ユウトは必死に前へ進む。
踊る人格は楽しそうだった。
足が跳ねる。
腕が広がる。
観客席へ笑顔を向ける。
「笑うな!走れ!」
ユウトの代表人格が内側で叫ぶ。
その声に反応したのか、今度は応援人格が出た。
「がんばれ俺ー!」
ユウトは走りながら自分を応援した。
「負けるな俺ー!」
クラスメイトが腹を抱える。
ミカが涙を浮かべて笑っている。
「応援するなら走って!」
「走ってるだろー!」
第三走者が待っている。
あと少し。
あと十歩。
あと五歩。
ユウトは最後の力でバトンを突き出した。
「受け取れー!」
第三走者のカナタが受け取った。
だがカナタも受け取った瞬間、びっくり人格に交代した。
「え、私!?」
「走れ!」
「知ってる!」
カナタは叫びながら走り出した。
その後も全チームで人格交代が止まらなかった。
一組の走者は、作戦人格になって内側でコース計算を始め、少し止まった。
二組の走者は、応援人格になって他チームまで応援した。
三組の走者は、踊る人格が出て、ユウトと同じステップをまねした。
四組の走者は、冷静人格になりすぎて、走りながら順位を分析していた。
放送席ではソウタがもう忙しすぎた。
「先頭は三組!いや二組!いや踊っているので速度が落ちた!一組が追い上げる!しかし一組は作戦会議中!どういうことですかこれは!」
解説人格。
「人格交代型リレーでは、速度だけでなく交代タイミングが勝敗を左右します」
あわて人格。
「いや、今それどころじゃないです!マイク二本ください!」
実況人格。
「放送席も人格渋滞です!」
最終走者がゴールへ向かう。
順位はもう誰にもわからない。
走っているのか、応援しているのか、踊っているのか。
グラウンド全体が、大きな渦みたいになっていた。
最後にゴールテープを切ったのは、ユウトのクラスだった。
ただし、直前でアンカーの勝利人格が出て、ゴール前で両手を広げたため、少しだけ減点された。
審判席で先生たちが話し合う。
審判人格。
公平人格。
盛り上げ人格。
記録人格。
先生たちまで交代して、判定に時間がかかった。
やがてハル先生がマイクを持った。
「結果を発表します」
グラウンドが静まる。
「第一位、二年三組」
ユウトのクラスが跳び上がった。
「ただし、走行中の過剰パフォーマンスにより、特別賞扱いとします」
「えええええ!」
「なお、正式順位は第二位です」
「なんで!」
「しかし、会場を最も盛り上げたため、人格体育祭賞を授与します」
クラスメイトたちは一瞬黙ったあと、結局大歓声を上げた。
勝ったのか。
負けたのか。
よくわからない。
でも、拍手は一番大きかった。
ユウトはグラウンドの端に座り込んだ。
息が切れている。
足も痛い。
何より、恥ずかしい。
ミカが隣に座った。
「最高だったよ」
「最悪だったよ」
「でも速かった」
「途中で踊った」
「そこがよかった」
「よくない」
ミカはにやにや笑う。
「自分で自分を応援してたしね」
ユウトは両手で顔を覆った。
「言わないで」
「がんばれ俺ー」
「言わないでってば!」
そこへソウタがやって来た。
放送を終えたばかりで、声が少しかすれている。
灰色のベストのボタンがひとつ外れていた。
「ユウト、放送席から見るとすごかった」
「やめろ」
「実況人格が興奮しすぎて、喉が痛い」
「俺のせい?」
「半分くらい」
「半分も?」
ソウタの解説人格が顔を出す。
「正確には六割です」
「増えた!」
三人で笑っていると、ハル先生が近づいてきた。
手には競技用タブレット。
表情はまじめだったが、口元が少しゆるんでいる。
「ユウト」
「はい」
「来年も第二走者だな」
「嫌です」
「全力疾走人格、応援人格、踊る人格。全部出せる走者は貴重だ」
「体育祭を何だと思ってるんですか」
「学校行事だ」
「ほんとに?」
ハル先生は笛を鳴らした。
「そして、君は今年の名場面だ」
ユウトはまた顔を覆った。
閉会式。
人格体育祭賞として、ユウトのクラスには小さなトロフィーが渡された。
トロフィーにはこう刻まれていた。
走って
叫んで
踊ったで賞
ユウトはそれを見て、深くうなだれた。
帰り道。
校門の前で、ミカがスマホを見せてきた。
体育祭の動画が、もう学校内掲示アプリに上がっている。
タイトルは、
全力疾走からの回転ステップ
だった。
再生数はぐんぐん増えている。
コメントも流れていた。
今年の体育祭で一番笑った。
応援人格の使い方がうまい。
踊る人格、来年も見たい。
放送席も大混乱で最高。
ユウトはスマホを見て、しばらく黙った。
「……消せないかな」
ミカが首を横に振る。
「無理だと思う」
ソウタも言う。
「放送委員の保存記録にも入った」
「なんで保存した」
「名場面だから」
「名場面じゃない」
「名場面だよ」
ユウトは夕方の道を歩きながら、胸元の人格タグを見た。
そこには、今日の交代履歴が残っている。
代表人格
全力疾走人格
踊る人格
応援人格
代表人格
照れ人格
最後に、照れ人格まで出ていた。
気づかなかった。
ミカが横からのぞき込む。
「照れ人格もいたんだ」
「見ないで」
「かわいい」
「やめて」
ソウタの実況人格が小声で言う。
「ここでユウト選手、顔を赤くしております」
「実況するな!」
三人の笑い声が、夕方の道に転がった。
ユウトはトロフィーを抱え直した。
悔しい。
恥ずかしい。
でも、少しだけ誇らしい。
走りきった。
踊ってしまった。
叫んでしまった。
それでも、バトンは渡した。
それならまあ。
完全な失敗ではないのかもしれない。
翌朝。
教室に入ると、ユウトの机の上に紙が置かれていた。
来年の体育祭
ユウト応援うちわ案
下には、クラスメイトたちが描いたユウトの走る姿、踊る姿、自分を応援する姿が並んでいた。
ユウトは紙を持ったまま固まる。
ミカが笑う。
ソウタがスマホを構える。
ユウトの胸元で、人格タグが震えた。
踊る人格 表出希望
応援人格 表出希望
代表人格 拒否中
ユウトは机に突っ伏した。
「もう体育祭終わっただろ……」
内側で、誰かが元気よく叫ぶ。
来年もがんばれ俺ー!
ユウトは顔を上げずに言った。
「うるさい、俺」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!