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第7話「ひとりバンド」
シンは高校二年生。少し伸びた黒髪を無造作に前へ垂らし、細身の体に学ランを着崩している。普段は無口で教室の隅にいるタイプだが、彼の中には三つの人格がいた。
一つは“ギター人格”。無表情でギターを握ると指が勝手に走る。
二つ目は“ボーカル人格”。声量は教室中を揺らす。
三つ目は“ドラム人格”。いつも机や床を叩きたくなる癖があり、リズム感だけは誰にも負けない。
文化祭シーズン。クラスで「バンドをやろう」という話が出たが、メンバーが集まらなかった。そこで委員長が冗談半分に言った。
「シン、お前の中に全部そろってんだろ? ひとりでバンドやれよ」
社会では「人格交代型パフォーマンス」は珍しくない。スポーツや芸能では、人格を切り替えて役割を変える人間が人気を集めていた。だからこの提案も本気で通ってしまった。
本番当日、体育館のステージ。
まず代表人格がマイクを持ち「えっと、ひとりでやります」とぎこちなく挨拶。観客席からどよめきが起きる。
音が鳴るとギター人格が出てきて、真剣な目つきで速弾きを披露。すぐに交代し、ボーカル人格が前へ出て叫ぶように歌う。観客が手拍子を始めた瞬間、ドラム人格が体を揺らし、床を踏み鳴らしてリズムを刻む。
「交代早っ!」
「ひとりで3人分やってる!」
観客は爆笑と拍手の渦。
演奏が終わったとき、代表人格に戻ったシンは額に汗をにじませ、マイクを握った。
「……ご清聴、ありがとうございました」
体育館が割れるほどの拍手。SNSには「ひとりバンド男子」「人格バンドマン」というタグが広がり、動画は拡散されていく。
シンは楽屋に戻り、鏡を見ながらつぶやいた。
「俺……ただ普通に過ごしたかったのに」
だが内側からは声が返る。
「いや、最高だった!」
「アンコールだろ!」
「ドラムは次は椅子叩こうぜ!」
多重人格社会では、こうして“ひとりだけど賑やかすぎる青春”が当たり前に存在していた。