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翌日。帰宅して玄関に入っただけで、リビングからヒステリックな声が響いてきた。案の定、義母だ。昨日、涼二から情報を仕入れておいてよかった。おかげでいろいろと準備ができた。
リビングに入ると、涼二が顔をしかめて腕を組んでいた。
義母は立ったまま、まるで裁判官のような眼差しで私を見下ろす。
「ただいま戻りました。お義母さん、どうなさったのですか?」
「どうなさったもこうなさったも無いわよ!!」
稀に見る剣幕で彼女は怒っていた。
すらっとした体型にピシッとアイロンの効いたベージュのセットアップスーツ。派手すぎないけれど存在感のあるネックレスに、相変わらずショートボブの髪は隙なくセットされ、張りつめた眉間のシワがそのまま気迫になっていた。
今日は。特に『元校長節』が色濃く出ている。正直、敵に回したくないタイプの人だ。
だから私は義母に対して、常に笑顔でやり過ごしている。今まで逆らったことはない。恐らく言い返したりしようものなら、100倍返しされそうだから。
「うちの涼二が、脚本家になりたいですって。馬鹿も休み休み言ってほしいのよ! 沙耶さん、あなた、なにを涼二に吹き込んだの?」
え? なんで私に飛び火?
「いえ、私はなにも言ってませんが……」
「じゃあ、どうして急にそんなこと言い出すの!? 子供も作らないうちに、会社辞めて脚本家? ふざけているの!?」
え”。会社辞めるとか言ったの?
それは激怒するでしょ。
「だから辞めるとは言ってないって!」涼二が反論する。
「同じでしょ! 脚本家になりたいなんて言い出す時点で正気じゃないわよ! もうとっくに諦めた夢でしょう! そんな職業に、どれだけの人がなれるというの?」
「なってる人だって実際いるでしょ」
「そんなの選ばれた人間だけよ。最初からきちんと就職はしなさい、って言っておいたでしょう? どうやって脚本家になんかなるのよ。賞を獲った実績もないくせに」
痛い所を突かれた涼二はふるふると震えた。「僕は選ばれし人間なんだよ! そっち側に行って、ちゃんとやってるから!!」
あちゃー。そんな余計なこと、義母に言ったの? バカ?
もう、こうなったら義母は止まらない。
「どうせ、誰かにそそのかされたんでしょ! 最近多いのよ。SNSでわけのわからないこと言って、フリーランス思想を押し付けてくる輩が! 自由に生きろ、とか、表現に目覚めよう、とか、言われてその気になっているだけでしょう!?」
完全に図星です。
私が、あなたの息子を全力でそそのかしました。
「別にそそのかされたわけじゃ……SNSで知り合った友人が脚本を書いててさ。僕ももう1回やってみたくなったんだよ」
涼二、なぜ今、それを言う?
「は!? なによそれ! どこの誰!? 連絡先出しなさいよ!」
「なんで。嫌だよ」
「その人に直接聞くから! どういう意図でうちの息子に脚本家になれって言ったのか、説明してもらうわ!!」
ええっ。なんでそうなるの?
「無理だよ。個人情報だし……」
「親として当然でしょ!! SNSで知り合った赤の他人が、うちの息子の人生に口出ししていいわけ!? 誰が責任取るのよ!?」
涼二の顔がみるみる赤くなっていく。
「もういい加減にしてくれよ!! 僕の人生なんだから、自分で決めたっていいだろ!?」
「ぜんぜんよくないわ! 涼二、沙耶さん。いったい、いつになったら私は孫を抱けるのかしら!? それに、子供ができたら余計、脚本家なんかで食べていけるわけないでしょ! 売れているわけでもないのに、もっと現実見なさい!!!!」
「っ……!」
その場の空気が凍った。これは義母のど正論。涼二は言い返せない。
でも、義母の口から子供の話が出ると、やっぱり辛い。
なにも信じて疑わなかった時は、ずっと自分が悪いと責めていた。妊娠できない私が悪。お義母さんに子供を抱かせてあげられない私が、って。
彼女たちに見えないように奥歯を噛みしめ、ぐっと拳を握りしめた。
「不妊治療でもしたらどうなの!?」
「やめてくれよ、今そんな話、関係ないだろ!」
親子喧嘩は、私のいない所でやって欲しい。しかも原因、あなたの息子のムスコにあるのに。
「とにかく、涼二をそそのかしたその人に連絡して。いい? 今すぐよ。目の前で通話して。脚本家になるなんて、どうかしているわ!!」
やば。
もしかして秋也に連絡取るつもりじゃないでしょうね!?
顔には出さないけど、心の中でアラートが鳴り響いている。冷や汗たらたらだ。
「それは……無理だよ。いい友達なんだ」
涼二が珍しく口ごもった。
「なによ、やっぱり怪しいじゃない。連絡できない相手ってことは、あんた、騙されてるのよ!!」
義母の声がリビングに響き渡った。
「騙されてなんかない!」
「じゃあ連絡しなさい!!」
「わかったよ、やればいいんだろ、やれば!!」
涼二が義母に根負けして、遂に秋也に連絡を取った。
あああ――……!
「かけるから」
義母は腕を組んだまま、鬼の形相で睨んでいる。
涼二が発信ボタンを押し、スピーカーモードにした。
コメント
1件
さぶれさん、第22話読み終えました。 もうね、リビングに響く義母の声が聞こえてくるようでした…「元校長節」炸裂でめちゃくちゃ怖い。あの裁判官のような眼差し、すごく鮮明に想像できます。 沙耶が内心で「あなたの息子のムスコにあるのに」って思ってるところ、重いテーマなのに一気にバランス取れてて思わず苦笑い。不妊のくだり、沙耶の自己責めの感覚がリアルで胸が痛みました。 そしてまさかの秋也への連絡…次が気になりすぎます!続き楽しみにしてますね。