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「お~い、カケル~? 寝てんの~?」
僕の肩を軽く揺する茜さんの声に、僕はうっすらと瞼を開いた。
ぼんやりした視界の先に、茜さんの顔がアップで見える。
「……近いよ、茜さん」
次第にはっきりとしていく輪郭。
僕は茜さんの肩を軽く押すようにして脇に避けさせると、ゆっくりと体を起こした。
「なによ~、こんな美人が起こしてやってんだから、もう少し嬉しそうな顔しなよ~」
「別に茜さんが美人であることは否定しないけど、今それはどうでもいいから」
冷たいなぁ、と口を尖らせる茜さんは、
「そうそう、うちのお母さんに電話して色々と聞いてみたんだけどさぁ、やっぱりあたしがお腹にいたとき、真帆さんと同じような感じにふさぎ込むことがあったりしたらしくて、そんときは――」
そんなふうに話し始めた時だった。
廊下の向こう側から、がちゃり、と扉が開く音が聞こえてきたのだ。
それと同時に、キッチンのほうからのっそりとシモハライさんが姿を現す。
「……今の音って」
ぱた、ぱた、ぱた、と廊下をこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえて、静かに廊下の方を見つめる僕たちの前に姿を現したのは。
「――真帆ねえ」
真帆ねえははにかむように笑みを浮かべてから、
「……あ、ごめんなさい。ひと眠りしたら、急にお腹が空いちゃって」
そんな真帆ねえに、茜さんは目をぱちくりさせてから、
「だ、大丈夫なの、真帆さん」
「えぇっと……なんだかよくわからないんですけど、ひと眠りしたら気分がすっきりしたみたいで。先ほどは本当にごめんなさい。取り乱してしまいまして……」
真帆ねえは、きょろきょろと何度も僕と茜さん、そしてシモハライさんに視線を向けて、
「……ユウくんも、本当に、ごめんなさい」
「あ、あぁ。いや、いいんだ。真帆さえ大丈夫なら、僕は――」
シモハライさんは少しばかりしどろもどろになりながら、けれどすぐにハッと我に返ったようにいつもの笑顔を浮かべると、
「あぁ、そうだ真帆、お腹空いてるんだよな? すぐ準備するから、ちょっと待っててくれ!」
そう言い残して、ふたたびキッチンへと飛び込んでいくのだった。
それを嬉しそうに見送ってから、真帆ねえは僕らのところまでやってくると、
「カケルくんも、さっきはありがとうございました」
瞬間、僕は「えっ」と眼を見張ってしまう。
まさか、あの夢のなかのことを、真帆ねえは見ていたのだろうか。
……当たり前か。あれは真帆ねえの夢の世界だ。
僕が入り込んでいったこと、夢魔と会話したことを知らないはずがない。
そう思ったのだけれど、
「ほら、さっき一緒に朝ごはんを食べてくれたとき。私がいいお母さんになれるっていってくれたじゃないですか」
「あ、あぁ、うん」
思っていたのとは違う言葉に、僕は一瞬、どう答えていいのかわからなかった。
これは――もしかして真帆ねえは気付いていないのか?
けれど、あの夢魔との対話があったからこそ、真帆ねえの気分がよくなった……のだと思うのだけれど。
「ほんとうに、もう大丈夫? 真帆ねえ」
すると真帆ねえは、静かに微笑んで、
「なにか夢を見ていたような気もするんですけど、思い出せなくて。でも、きっといい夢だったんだと思います。こんなに気分が晴れやかなので」
「そう? なら、いいけど……」
う~ん、わからない。
この反応は、結局どっちなのだろうか?
軽く僕が首を傾げたときだった。
がらり、と店のほうからガラスの引き戸を開く音が聞こえてきたのである。
「あの、ごめんくださ~い」
女性の声が聞こえてきて、
「あ、は~い!」
真帆ねえが出て行こうとするのを、茜さんは制止した。
「大丈夫。お店のことはあたしに任せて、真帆さんはカケルくんと一緒にいなよ」
ぱちりとウィンクひとつして、茜さんは駆けて行ってしまうのだった。
「あ、ありがとうございます……」
真帆ねえはその背中に礼をいって、
「なんだか、みんなに迷惑をかけちゃってますね」
「そんなことないよ」
僕は首を横に振ってから、
「みんな、真帆ねえのことが好きで、大切に想っているからだよ。真帆ねえだって、みんなのこと、大切に想っているでしょ? もちろん、お腹の子供のことも」
「……はい」
真帆ねえは、にっこりと微笑んだ。
僕は、そんな真帆ねえに、それ以上はもうなにもいわなかった。
いう必要も感じなかった。
夢魔から受け取った真帆ねえの過去のことも、僕は誰にも話す気は毛頭なかった。
僕が誰と誰の子で、どうしてここに存在しているのか。
それはもう、どうでもいいことだ。
真帆ねえには真帆ねえの思いがあってのことだった。
ただ、それだけのこと。
どんな理由であれ、僕はいま、ここにいる。
それで十分じゃないか。
真帆ねえの抱えている不安や苦悩。
そのわずかでも知ることができて、僕はそれだけで満足だった。
「真帆ねえ、座らなくて平気?」
「あ、そうですね。ユウくんを待ってる間、お話し相手になってくれますか、カケルくん」
「もちろん」
僕は頷いて、真帆ねえの身体を支えながら、ソファにゆっくり座らせて。
その隣に僕は腰かけて、心配性になってしまったシモハライさんのこと、ふたりを支えようと奮闘している茜さんのこと、それから僕の友人や親しい人たちのこと――とにかくたくさんのことを真帆ねえと話し続けた。
途中、シモハライさんが真帆ねえの食事を運んできて、接客を終えた茜さんもそこにくわわって、笑いを交えながら、僕たちは――
*最終話 暗闇の夢路・おしまい*
*魔法百貨堂 ~小さな魔法の物語~・おしまい*