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「えー? 全部なんて食べられるわけないじゃないですかー。先輩どんだけ大食いなんですかぁ? 紗英は最初から残す気満々で取ってますよぅ? だってぇー、食べても食べなくても会費に差は出ないんですもーん。だったら好きなモノ全部取ってぇー、色んなのちょっとずつ食べてみたほうがお得じゃないですかぁー?」
天莉はそういう考え方が好きではなかったので、「食べ切れないの、分かってるならもう取るのはやめなさい」と先輩権限を発動したのだけれど。
「チェーッ。先輩のそぉーゆークソ真面目なところ、すっごく窮屈で紗英、嫌いですぅ。博視にフラれた理由もそういうところにあるんじゃないですかぁ?」
本当に紗英は口が減らない。
そんなこと、博視自身から散々言われて来たことだ。
今更紗英に指摘されるまでもない。
天莉は小さく吐息を落とすと、皿を手にしたまま紗英に背を向けて近くのテーブルへ向かった。
立食形式なので椅子こそ用意されていないけれど、そこここに背の高いテーブルが置かれている。
そのうちのひとつへ手にしていた皿を載せたら、
「もぉー、先輩。もしかして図星さされて怒っちゃったんですかぁ?」
言いながら紗英がついて来ている気配がするけれど、天莉は答える気にもなれなかった。
と、天莉のそばへ追い付いてきた紗英が、何故か気泡の上がるグラスを一つ手にしていて。
「もぉー、先輩が紗英を置いて行くからウェイターにコレ、押し付けられちゃったじゃないですかぁ」
紗英が言うように、会場内には宴会スタッフがかなりの人数配置されている。
先ほど取ってきた料理を用意してくれたのも彼らだし、量が減れば補充してくれるのもそういうスタッフのみんなだ。
野菜ジュースやお茶なども自分で汲んで飲めるようにはなっているけれど、炭酸入りの飲み物に関しては気が抜けないようにという配慮から、グラスに注ぎ分けたものを配って歩いてくれるウェイターやウェイトレスがいてくれるのも確かだ。
天莉は毎年バンケットスタッフの手伝いをしていたからその辺は良く知っているのだけれど。
(そんな……。自分から手でも出さない限り無理矢理押し付けられることはないと思うんだけどな?)
例えば「如何ですか?」と声を掛けられて「あ、頂きます」と本人が意思表示をしない限り、スタッフ側から「是非に」と飲み物のごり押しなんてしないはずなのだ。
紗英が手にしている、琥珀色の液体が揺蕩うシャンパングラスを見て、天莉はほぅっと溜め息をついて。
「――江根見さん、妊娠中にお酒は飲めないよね?」
と問いかけていた。
「あー。やっぱり気付いちゃいましたぁ? そうなんですよぅ。だけどぉ、折角もらいましたしぃ……もったいないので先輩が飲んでくださぁい」
「えっ?」
さっき、料理に関して天莉がそういうことを指摘したら、細かいことを言うなと嫌味を言ってきたのに。
天莉が呆然と紗英を見詰めたら、さすがに自身の言動の矛盾に気付いたのだろう。
「先輩が言ったんじゃないですかぁ。手にしたものを残すのは良くないってぇ」
確かに言いはしたけれど。
天莉はそれほどお酒が強くないのだ。
尽からも、自分の目が届かない以上、今日は出来ればアルコールは摂らないで欲しいとお願いされていたから、ソフトドリンクでしのぐ予定だったのに。
「先輩、今日はぁーもしかしてパーティーなのに車を運転して来ちゃった系ですかぁ? もしそうならTPPでしたっけぇ? それがなってないですよぅ?」
ここで〝環太平洋経済連携協定〟はおかしいので、恐らく〝TPO(時間、場所、場面)〟と言いたいんだろう。
天莉が自家用車を所有していなくて、いつも公共の交通機関で通勤しているのを知っているくせに、わざと言っているとしか思えない。
「今日はさすがにタクシーで来てる、けど」
しぶしぶ答えたら「だったらぁ、妊娠中の紗英と違って何にも問題ないですねぇー? はい、どぉーぞ」
悪びれた様子もなくグラスを押し付けられた天莉は、仕方なくそれを口にしたのだけれど。
「美味しい……」
甘くて飲みやすいお酒は、思いのほか喉が渇いていたらしい天莉の身体にスーッと染み込んできた。
気が付けば、料理も口にしないまま、ひと口、ふた口と、全部飲み干してしまっていた天莉だ。
(あ、何か食べなきゃ……)
そう思ったと同時、クラリと視線が傾いて。
(あ、れ?)
いくらお酒に弱いと言っても、グラスにたった一杯のシャンパンで、この回り方は異常だ。
テーブルに手を付いて倒れることだけは回避した天莉だったのだけれど。
そんな天莉の顔を覗き込むようにして、紗英が「あれぇ? 先輩。もしかして酔っぱらっちゃいましたかぁ?」とどこか嬉しげに声を掛けてくる。
『江根見さん、もしかしてお酒に何か入れた?』と問いかけたいのに、クラクラし過ぎてうまく受け答えが出来ない。
(な、んで?)
意識は冴えているのに、身体が言うことをきかないことに、プチパニックの天莉だ。
「わぁー、大変。誰かぁ、お願ぁ~い、助けてくださぁーい」
「どうしたの?」
わざとらしく騒ぐ紗英の言葉に、近くにいたらしい誰かがすぐに反応してくれて。
「わぁー、博視ぃ、優秀。ちゃんと紗英のそばにいてくれたんだねぇー? ほら見てぇ? 先輩がぁ、紗英のお守りを頼まれたくせにお酒飲んで潰れちゃったのぉ。でねぇ。紗英は優しいからぁ、先輩に自分のお部屋を貸してあげようと思ってぇ。ほらぁ、さっき話したでしょぉ? 紗英、会場出てすぐのところにパパからお部屋を取ってもらってるって。ねぇ博視ぃ、とりあえずそこまで先輩を運んでくれるぅ?」
目立つからお姫様抱っこは無しだと、紗英が博視に釘を刺している声を天莉はぼんやりした頭で他人事のように聞いて。
(気持ち悪い……)
身体の自由が全く利かないことも、博視に肩を支えられていることも、不用意に飲んでしまったお酒の回りが、異常なくらい早いことも。
天莉は何もかもが納得いかなくて、気持ちが悪くてたまらないと思ってしまった。