勇者の物語は、実際のところは街で必要な物資を研究者たちが提供したり、ベヒーモスのいる山へ向けての移動に道中の魔獣討伐、街への滞在、それらを含めてもひと月にも満たない時間であったが、王や宰相、特権階級や研究者たちの監修により、盛りに盛った内容となりそれをさらに事実として広められた。
国難に際し現れるヒト種族の国の救世主の物語。フィクションではないノンフィクションの希望。
自然とかつてのような国難の危機に瀕した時は、勇者の存在が熱望される事になる。
だがどんなに国が、街が民が危険に晒されても勇者は現れない。どうにか王国軍によって乗り越えてはいる。
勇者を喚びたくても出来なかったのだ、まだ神域にそれだけの魔力が戻っていない。あるいは代わりになるフィールドがあればよかったのだが、無いからこその神域と崇められる場所なのだ。
とはいえ、その手段があるのに何も手を打たないなど出来るわけもなく、魔力溜まりのあるところ(魔力に満ちているこの世界にも濃淡はあり、人々が日常的に消費しない所にその傾向が見られる)にて召喚儀式は行われていた。
その度に喚ばれるのはだいたい犬猫で良くて猿。それも残念なことにこの世界に現れたその時に魔獣と化して襲われるという失敗が続いていた。
失敗を重ねるごとに儀式をするメンバーは入れ替わり、その精度も落ちてくる。
そして、ヒト種族の王国に何度目かの危機が訪れた時、神域の魔力が戻ったと報告があった。
すぐさま王は用意できる限りの魔術の使い手を集めて、儀式を行わせた。そして得たものは、30人にものぼるニホンからの転移者であった。
儀式のメンバーは大いに困惑した。何故このような事になったのか。ざわつく神域。しかし待ちに待った召喚者である事には違いないのだ。もしかしたらあの勇者に匹敵するものが30人という事もある。
だが、その期待はあっけなく裏切られた。求めていたほどに強力な者は居なかったのだ。とりわけ高い魔力を有する者が居ないと、魔術師たちには分かるものだという。
仕方なくその者達には、予定していた通りにこの世界に強力な魔獣の危機が迫っていること、それを退治せしめれば元の世界に帰れる事を告げて、当座の資金だけを渡して野に放つつもりだったが、ここで嬉しい誤算が起きた。
召喚されたものは己の得意とする所を自分自身で分かる力を持っていた。田中という者は稲作の知識と作物に作用する力を、直人という名のものは壊れたものの修復が、拳人という者は武術に秀でて、武士という者は剣闘術において王国の精鋭をも圧倒した。
彼らは元の世界ではただの凡人ばかり。教えたばかりの魔術で、その貧相極まりない身体で。これが後に定義される召喚者特有のスキルと呼ばれる物の認知された瞬間である。
とりわけ凍夜の操る氷の魔術、ほむらという者の炎の魔術は凄まじく、結果として彼らは力を合わせて魔獣を討伐したのだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!