第1話 〈時空魔法〉の黒幕
――持田理世は、暗闇の中にいた。
天井も床も壁もない、「影」の中に落ちたような場所。
不安と恐怖に呑まれそうな空間だが、理世はこの空間をすんなり受け入れていた。
この影の空間の、支配者のように。
(今回も――失敗はできない)
だが内心は、焦りと緊張に支配されていた。
(今回の「検証」も乗り切れれば、ジェイドがちゃんと「時空魔法」を使いこなせているって証明になる。そうすれば……!)
気合を込めて、拳を握る理世。
(王位継承者の立場をより確実にできる!)
気合とは裏腹に、短い黒髪と同じ黒い瞳には緊張が浮かんでいた。
(……それも全部、なんちゃって「黒幕」の私にかかってるんだ)
「――それでは殿下」
理世以外いないはずの暗い空間に、声が響く。
その主は、真っ暗の空間唯一の光源。
テレビモニターのように映された画面の向こうからだ。
「王位継承の証である時空魔法「転移」で、この石像を中庭の中心まで移動させてください」
映像の向こうには、この「検証」の立会人である神官の姿があった。
神妙な面持ちの神官の隣には、人の顔を模った石像がある。
「わかりました。この程度、簡単な「検証」です」
神官の言葉に余裕そうに答えたのは――
理世が遊泳するこの暗黒空間の本来の主、ジェイド。
この映像は、そのジェイドの視界を映したものだ。
映像では、ジェイドの腕が持ち上がり、石像よりズレた――神官の位置で止まった。
「……」
「心配は無用です、神官殿。少しズラすことが、成功のコツなのですから」
(大丈夫、ちゃんと何度も練習してきたんだから)
映像の石像を食い入るように見つめる理世は、自信に満ちたジェイドの言葉を聞いていない。
そんな理世の腕は、石像の真正面に向いていた。
(転移させるものに狙いを定めたら……遠くを見通す〈モノクル〉!)
理世の祈りに反応し、左目側に白金色に輝く片眼鏡が出現。
左目は、神官が転移先として指定した場所――
中庭中央を映す。
ジェイドたちの現在地まで、数メートル程の場所だ。
(狙いはオッケー! 次は本番――転移の〈扉〉!)
右目は変わらず、腕を向けた石像を見つめる。
すると、片眼鏡と同じ白金色に輝く〈扉〉が石像に重なるように現れた。
〈扉〉は自動で開き――
――石像の隣にいた、神官を飲み込んだ。
「……あ」
開いた〈扉〉が一瞬で閉じると、消える。
「え、神官様は……?」
「あそこだ、中庭の真ん中!」
見届け人である貴族たちがざわめく。
その声に引かれ、ジェイドの視界が中庭中心に向く。
神官は中庭の中心で、腰を抜かしたように座り込んでいた。
(ど、どうしよう……)
明らかな失敗に、理世の身が強張る。
だが。
「――皆様、ご覧になられましたか」
ジェイドの声は落ち着いていた。
「私の使う時空魔法……空間転移の魔法は、生き物も問題なく転移させることができます」
堂々とした振舞いでそう言い切るジェイドだったが――
「『理世ちょっと!?』」
突然、暗闇の空間にジェイドの声が響き渡る。
その声は、ものすごく焦っていた。
「ご、ごめんジェイド……手元が狂っちゃって……」
「『何とか誤魔化せてるから大丈夫』」
最初は焦っていたジェイドの声だが、さらに焦った理世の声が落ち着かせたようだ。
「『とにかく、練習のときのことを思い出して。あのときはちゃんとできたんだから』」
「うん……」
励ますジェイドの言葉に返事をする理世。
(〈扉〉自体をもう少し大きくすれば、吸い込める範囲も広くなるから……ちゃんと石像も吸い込めるはず!)
だが今の理世は、「次のどうするか」で頭がいっぱいだった。
「ジェイド、もう一回やるね!」
「『理世、焦らず、だよ!』」
「うん!」
「確かに……生物も正常に転移ができるのは素晴らしいですが」
映像では、神官が仕切り直しとばかりに咳払いをしている。
「次は、石像を所定の場所にお願いします」
言いながら、石像から少し離れる神官。
また巻き込まれてはたまらないと思ったらしい。
「……」
神官が移動した隣には、軍服に身を包んだ男たちが立っていた。
全員軍服に身を包んでいるが、ひときわ目立つ男が一人。
短い髪と体格は野性味あふれているが、どこか気品を併せ持つ男。
(ジェイドのお兄さん……ラズワルドさんも見てる)
(これ以上、失敗は――できない!)
転移場所を〈モノクル〉で設定、意識をさらに集中。
今度は石像には重ならず、白金の〈扉〉は現れた。
だが、今度は先ほどの倍以上大きい扉が開くと――
石像、神官、ジェイドの兄・ラズワルド――その部下数名を吸い込んだ。
「ぎゃー!?」
「『理世ぇ!!??』」
自分の声と、理世にしか聞こえないジェイドの声が暗闇空間に反響する。
「……」
「……」
再び神官、追加でラズワルドと部下たち数名が、中庭に座り込んでいる。
理世が見るジェイドの視界は、早足のスピードで移動。
ラズワルドと神官たちの元で足を止めた。
「……複数の人間でも難なく運搬できるという証明です」
映像はジェイド視点なので、理世から彼の顔は見えない。
だが、満面の笑みを浮かべていることだけは理解できた。
「少し、サプライズが過ぎてしまいましたか?」
自信満々なジェイドの声に、驚きと戸惑いに満ちる神官やラズワルドの部下たち。
だが一人――ジェイドの兄である第一王子・ラズワルドだけは無表情だった。
「サプライズもいいが、狙い通りに時空魔法を使えないとなれば……王位継承者としての公務を全うするのは難しいな」
(そうだよ……このままじゃ……!)
ジェイドへの言葉を、自分の言葉として受け取る理世。
緊張で胸が締め付けられる中――
「それはもちろんです」
ジェイドは、平静を崩さずそう返していた。
「『理世、落ち着いて!』」
兄に向けた堂々とした声と。
理世を落ち着かせようとする慌てた声。
どちらも、同じジェイドの声だ。
「ジェイド……」
「『僕と練習したときの「ズレ」のことを思い出すんだよ!』」
「ズレ……!」
「『そう!』」
言われたことを、脳をフル回転で思い出そうとする理世。
「そうだった……「転移させたいもの」を狙っちゃうと、そこに〈扉〉が出現するから」
練習の様子が、理世の脳内に蘇る。
「違うものを転移させちゃうんだった……!」
「『そうそれ! 緊張して忘れてたんだね』」
「ごめん、ジェイド……」
「『大丈夫』」
弱気な理世の声に、ジェイドが力強く声をかける。
「『たくさん練習しただろ。理世ならできる』」
「……うん!」
(これで失敗したら、ラズワルドさんが許さないはず……)
パンッ、と自分の頬を張る。
(なんちゃって黒幕の頑張りどころだよ、理世!)
そして集中した目つきで、映像を見つめた。
ラズワルドや神官たちと一緒に中庭の中心に移動させた、石像。
石像を遠巻きに見る人々。
〈モノクル〉で石像があった場所を確認。
石像から少しずれたところ――
映像のジェイドが腕を伸ばした位置。
そこに、自分の動きも合わせる理世。
(次こそは! 成功して――転移の〈扉〉!)
白金に輝く扉は、石像の横に現れた。
〈扉〉が開くと、石像だけを吸い込んで閉まる。
次の瞬間、ジェイドの視線が動くと――
石像は無事、元の位置に戻っていた。
(やったぁ! 成功!)
暗闇空間で飛び跳ねんばかりに喜ぶ理世と。
「こんな風に、成功させるのは簡単だったんです。私のパフォーマンス、お楽しみいただけましたか」
自信に満ち溢れた言葉を投げかけるジェイド。
こうして、一時のピンチを二人で切り抜けた。
――本来魔法とは無縁な世界で生きてきた、持田理世。
――時空魔法を「得たこと」にして、王位継承者になったジェイド。
そんな二人が、どうしてこんなことになったのかというと――
次回へつづく
コメント
1件
凄いですね!(*^^*)