コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
智絵里を部屋に残して、恭介と松尾は車へ戻る。
「今日はありがとうございました。これ、少しだけどお礼です」
恭介は日本酒の一升瓶と、おつまみ数種類が入った袋を手渡す。それを嬉しそうに受け取ると、松尾はニヤニヤしながら恭介を小突く。
「なんだかんだ、やっぱり畑山ちゃんのこと引きずってたんだなぁ。どうりで今までの恋愛が上手くいかないわけだよ。あんなに息ぴったりのだもんな」
恭介は気まずそうに頭を掻く。
「松尾さんには本当に感謝してます。あれがなければ智絵里と再会出来なかったし、会ったとしても話すことなんて無理だったと思う」
「おうおう、もっと感謝しろ! でも一晩で友情が愛情に変わるとは思わなかったよ」
「まぁ……どっちの情も紙一重なのかもしれませんね」
「そうかもな。なんてったってあの畑山ちゃんをその気にさせられたんだぜ。もしかしたら友情の陰で、同時に愛情も育っていたのかもな。あの篠田がこんなに必死になる姿、会社のみんなに見せたいなぁ」
「あの……一応プライベートなことなので内密にしていただきたいんですけど……」
「そうなの? まぁ仕方ないか。また畑山ちゃんとの|惚気話《のろけばなし》でも聞かせろよ! なんかキュンキュンしちゃうんだよ〜」
「松尾さん、相変わらず心は乙女ですね」
松尾は恭介の肩を叩くと車に乗り込む。走り去る車を見送ると、恭介は小走りに部屋へと戻った。
* * * *
恭介が松尾を送っている間、智絵里は部屋の中を眺めていた。恭介をそのまま映し出したような雰囲気を感じる。
本棚にはミステリー系の文庫が並び、城や鉄道、釣りの本が並ぶ。
好きなものはブレなくて、博識で、優しくて、私の面倒くさい性格を理解してフォローしてくれた頼りになる存在。
人見知りの私は友達を作るのが苦手で、クラス替えの後は不安でいっぱいだった。つい無口になってしまう私を、恭介は一人にしないでくれた。
「何ぼーっとしてんの?」
恭介は本棚の前て立ち尽くしていた智絵里の背中を押して、部屋の中央に置いてあったデニム生地のソファに座らせる。そして自身はキッチンへと向かった。
「コーヒーか紅茶、どっちがいい?」
「じゃあ紅茶。砂糖は二杯入れて」
「やっぱり今も甘党なんだ。智絵里らしい」
部屋はブルー系でまとめられていた。落ち着いてホッとする感じがしたが、改めて男の人の部屋だと実感する。
そう思うと不安になった。のこのこついてきてしまったけど、彼とこれから一緒に生活なんて出来るのだろうか。
すると恭介が隣に座って、智絵里に白いマグカップを手渡す。
「もう不安になってる?」
「だって……誰かと暮らすなんて初めてだもん」
「そんなこと言ったら、俺だってそうだよ。でもあの部屋に智絵里を残して帰りたくなかった」
何もない無機質な部屋。そこに智絵里を一人きりにしたくなかった。
「まずはさ、気心の知れた友人と同居くらいのスタンスから始めようか。高校時代に戻ったみたいにさ」
「……恭介は自分の生活に私が入ることに抵抗はないの?」
「うーん、思ったほどはないかな。人といることは別に嫌じゃないし。でも逆に智絵里は一人の時間を大切にするタイプだろ? 高校の時もさ、俺がいるのに音楽聴き始めたらガン無視だった。懐かしいなぁ」
「……わ、悪かったわね……」
「今も音楽好きなの?」
「……好き」
「じゃあ聴いてる時はガン無視決定だな。まぁそういうのも慣れてるから気にしないけど」
恭介の淹れてくれた紅茶を口にする。甘くてホッとする味だった。
「飲み終わったら、買い物に行こう。智絵里の日用品とか、かわいい服を買い足してもらわないと」
「……恭介の好みで買わないからね」
「よし、智絵里に着て欲しい服を俺が買う。クローゼットいっぱい、俺好みにしてやろう。楽しみだなぁ」
「……言ったわね。じゃあクローゼットいっぱい買ってもらおうっと」
「お前……ああ言えばこう言う……」
「お互い様でしょ」
そう言いながら二人は吹き出す。
「よくこんなふうに言い合ったよなぁ」
「そうだね。私たちは結構楽しんでるんだけど、周りのみんなは心配しちゃって」
恭介は智絵里に手を差し出す。
「今日からよろしく、智絵里」
「……うん、よろしくお願いします」
恭介の手を握り返すと、智絵里はようやく笑顔になった。