『来週、日本まで行って、今度こそ久々にお前に会うつもりだったあるが…………結局やめることにしたある』
「…………え」
テレビ電話にて、耀さんは開口一番、私にそう告げた。
「…………どうして、ですか?」
『今の日中関係を鑑みた結果ある。我が行ったところで、今の日本では歓迎なんて微塵もされねぇある。忽ちスパイ扱いあるよ』
「っそんな…………そんなこと言われたら、私が反論しますよ。耀さんはそんな人じゃないって」
『そんなことしたって、おめぇが傷付くだけある。我を擁護したところで、「売国奴」だの「非国民」だのと罵られるのが関の山あるよ』
「じゃあ……私から中国に行って、貴方に会いに行くのは……」
『それも駄目ある。今の中国の治安、そして国民の日本人への態度がどれだけひでぇか、おめぇも知ってる筈ある。それで事件に巻き込まれる可能性も、高ぇあるからな…………』
「…………っ」
耀さんの語る絶望的な言葉に、私は息を詰まらせた。
その人の人となりと国民性は、決してイコールじゃないのに。なのにそれがイコールなのだという認識が、さも当たり前のものとしてまかり通っているという、惨い状況。 それは日本も中国も同じだ。
互いにその民族を「絶対悪」と信じて疑わない認知の歪みが、確かに其処にある。それは私と耀さんの関係に「綺麗事」や「まやかし」というレッテルを貼り付け、最初から無かったものとして、潰しにかかろうとする。
「私は、私は厭です……そんなことで、耀さんに会えないなんて……それに、貴方にはもう何年、直接お会いしていないか……」
『…………少なくとも、4年くらいあるな』
「4年もじゃないですか!!」
私は叫んだ。
「幾らこうしてネットがあっても……貴方の匂いだとか、温もりだとか、そんなのは媒体では感じられないじゃないですか……それに貴方の場合、いつ当局に目をつけられても、おかしくないのに……」
『菊…………』
「会えるものなら会いたい……私は生身の哥哥に会いたい……哥哥……っっ」
忽ち涙が溢れ、モニターの向こう側にいる、耀さんの顔が歪んでいく。このままだと、 この先一生哥哥に会えないかもしれない…………そんな不安と絶望が、私の心をずたずたに引き裂いていく。
「っひぐ…………哥哥…………」
『…………阿菊』
耀さんが咽ぶ私に声を掛ける。かつての呼び名で、優しい優しい調子で。
『今…………おめぇの家の窓から、月は見えるあるか?』
「…………っ、ぐす」
悲しみに痛む目を拭いながら、私は窓の外を見た。真っ暗な夜空に浮かぶのは、静かに輝く満月。
「…………見え、ます」
『そうあるか、同じあるな。我の家の窓からも、月が綺麗に見えるある』
モニターに視線を戻すと、耀さんは笑っていた。
『月は想い合う人と人とを繋ぐ、そんな存在ある。大丈夫ある、阿菊。想い合っていれば、いつかまた……おめぇと直に逢える日が、必ず来るあるよ』
「哥哥…………」
『可愛い弟弟、常におめぇの側にいられなくても、我はおめぇを────』
「…………哥哥?耀さん?」
突如ぷつりと、通信が途絶えた。
其処から再び、モニターが繋がることはなかった。
*
ひと月後、私の自宅に一つの小包が届いた。
中に入っていたのは……幼い頃の私と耀さんが写った写真、そして……テレサ・テンのカセットテープ。ラベルには、『月亮代表我的心』とあった。
今宵も綺麗な月が出るから、それを眺めながら、このカセットを聴こうか。鳴呼、でも…………貴方を思い出して、また泣いてしまいそうだ。
あの日以来、耀さんとは…………全く連絡が取れなくなってしまったから。
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