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賞味期限切れ

75 - 第75話 パート先で

2025年03月30日

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◻︎駒井さん



今日は朝からパート先の上司に呼び出された。ミスでもしたのかとビクビクしてしまう。


「私、何かしでかしました?」


おそるおそる事務所のドアを開ける。そこには直属の上司の女性マネージャーがいた。


「あー、違う違う!美和子さんさぁ、勤務時間延ばしてみない?今は4時間だけどせめてあと1時間延ばして5時間では?」

「えーっ、私としては今くらいがちょうど体力も時間の使い方も合ってるんだけどなぁ」

「そう言わず、考えてみてよ。的確で早い仕事ができるから、会社としてはもっと働いて欲しいんだよね」

「はぁ、でも、そうすると扶養の範囲から抜けちゃいますよね?」

「あ、そこは…そうだね。いっそのこと、もっと働いて正社員になる?」

「それは勘弁して!この年になったら、もうお気楽なパートがいいです」


コンコンと事務所の部屋をノックする音が聞こえた。


「失礼します」


入ってきたのは、えーと、誰だっけ?と名札を見た。駒井さんか。


「あー、駒井さん、始末書は書くだけが目的じゃなくて今後ミスを繰り返さないための、決意表明みたいなものだからね。しっかり心に刻んでおいてくださいね」

「…はい、すみませんでした。じゃ、失礼します」


私のことには目もくれず、というかまったく誰とも目を合わせないようにずっと俯いたままだった。駒井が書いた始末書を机に置くと、くるりとこちらを向くマネージャー。


「あの人、おとなしいけど大きなミスをする人じゃなかったんだよね。慎重に仕事をするタイプだったから、今回のミスはこちらもびっくりしてたとこ。考え事でもしながらピッキングしてたのかな?」

「まぁ、私も名前を知らなかったくらいで今、名札を見て駒井さんという名前だったんだと知りました。おとなしいし真面目な人ですよね?どんなミスを?」

「キャンペーンに使う商品を大量発注されてたんだけど、それを一個しか送ってなくて取引先がめちゃくちゃ怒ってね。なんとかすぐに発送して間に合ったけど」

「あら、それは大変だったんですね」

「そうなの!だから、的確な仕事ができる美和子さんにはもっと働いて欲しいのよ、考えといて!」


私の両手をとるマネージャー。私より3才年下だったと思う。女ばかりの職場の女の上司って、やりにくいだろうなぁ。


「マネージャー、やっぱり無理!今のままでお願いします。そのかわり、どうしても必要な時はその時だけ延長するから。暇な時にその分休むし。それでどう?」

「そっか…、じゃあ、そうしてもらおうかな?ある意味フレックスということで」

「はい、じゃ仕事に戻りますね」


階段を上っていたら、スマホを持ってトイレに入る駒井とすれ違った。


___子どもが小さいとスマホは手放せないよね


きっと、学校からの緊急連絡とかで気を取られて、うっかりミスしちゃったんだろうなと思った。





事務所で始末書を提出していた駒井のことが

、あれからなんとなく気になっていた。

そんなつもりはなくても、ついつい視界の隅に探してしまう。

今までは気にしたことがなかった女性なのに、見ているとどんどん変身していくようだった。

特に仲良くしている友達はいないようだけど、もっと若い篠宮由香理とは、たまにこそこそと話しているのを見る。

まったく違うタイプのようなのに、なんだか親しげだった。


始末書を書いたからか、仕事中はスマホは持たないようにしてるみたいだけど、休憩になったらものすごいスピードでスマホを手にして、何やらせっせとコメントをしているようだ。


私は9時から13時までの昼休みなしでの勤務だから、12時から1時間は一人で仕事をすることになる。


___あれ?なんだかうれしそうだな


商品棚の隙間から見えた駒井の顔が、スマホに向かって微笑んでいる。

それはまるで、初恋中学生のようだった。

駒井のそんな姿を見るのは、昼休みとそれから仕事帰りにたまたま見かけるスーパーの駐車場だった。


___もしかして…?






「ふーん、その地味だった女性がだんだん綺麗になってきたのね?」

「そう!やたらにスマホを見てるし。友達は少なそうで休憩時間もほとんど一人なんだけど」

「…で?美和子はそう思うのね?」

「うん、道ならぬ恋をしてる女に見えるってかもうそれにしか見えない」


仕事終わりに寄った秘密基地で、駒井のことを礼子に話す。


「まぁ、別にいいんじゃないの?美和子だって人のこと言えないでしょうが」

「そりゃま、そうなんだけどね。なんていうか危なっかしくって」

「その人、いくつ?」

「もともとは私とそんなに変わらないくらいだと思ってたんだけど、地味で大人しくて。年を聞いたら私より10若かった。そんで、綺麗になってきたら本当にその年齢なんだと思った」

「そっか…」


ため息ともつかぬ息を吐く礼子。


「なんかさぁ、思い出さない?美和子も」

「わかる、ちょっと思い出した」


今から10年以上前。

40になる少し前の頃の、私と礼子は今の駒井と似てるところがあった。

30代から40代にかわるころ、二人でよくそんな話をしていた。


『女でなくなる』


今となったらそれは、思いすごしなんだけど。

あの頃は若さだけが女としての魅力だと思っていた。

40になったら、もう誰も相手にしてくれない、おばあさんになるだけだ…そんな悲観的にしか未来を見ることができなかった。


「焦ってたよね?あの頃はさぁ…」

「そうだったね…、子どもが手を離れる頃は、ただのオバさんになってしまう、女として終わってしまう!って」


そんなことはないと、今になればわかるのだけど。


「大丈夫かな?その駒井って人」

「うん、私にはこうやって話せる礼子みたいな友達がいたから、やらかさずにすんだけどね」

「一人だと、見えなくなるよね?何がいいことか悪いことか。歯止めも効かなくなりそうだし」

「私が言えた義理じゃないけどね」

「それでも、美和子はわきまえてるからね、少しはマシ」

「やっぱり、少しだけか、マシなのは」


そんな話をしながら、自分のことも考えてみた…少しだけ、だけど。










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