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一瞬頭の中が停止した。
なにを言い出すんだ、と思う反面、そうきたか、とも思った。
原田が若菜に告白するのが怖いのに、なにか言ってやろうとしても、言葉が見つからない。
「清水?」
怪訝そうな原田の声に苛立ちも覚えるし、胃が重くなって、息が苦しくなる。
「清水、聞いてる?」
「……聞いてるよ。
お前の話が衝撃的すぎて、声がでねーんだよ」
「あぁ……まぁそうだよな。ごめん。
でも……こんなこと言うのもあれだけど、今聞いてもらってすっきりした。
ずっと迷ってたけど、多田さんに告白するって気持ち固められたし、ありがとうな」
俺がなにも言わなくても、自己完結したらしい原田は、元々どうしたいのか心の底では決まっていたんだろう。
何度か荒い息をやりすごし、呟くように言う。
「……お前、マジで言ってんの?」
やっとのことで絞り出した問いに、原田は神妙に「うん」と答えた。
「多田さんには、とりあえずお父さんのことは抜きにして、好きだってことだけ伝えるよ。
俺と付き合ってほしいって、言う」
俺に言うと、原田は俺に感謝したり「遅くにごめんな」と謝ったりして、電話を切った。
「また報告する」という一言が、耳にこびりついている。
通話を終えたスマホがやたらと重いし、頭の中がごちゃごちゃで、激しい頭痛すらする。
原田に若菜を好きだと打ち明けられた時から、いつか原田が告白するとは思っていた。
宣言したならきっと、一週間もたたないうちに若菜へコンタクトをとるだろう。
俺がネックにしているおじさんの店に関しては、俺よりもはるかに原田のほうが若菜の家にとってありがたい存在だ。
俺がそう思っているからこそ、焦りがどんどんふくらむし、息苦しさが増していく。
若菜をとられたくない。
だけどあいつの家のことを考えても、そうでなくても、原田をとめる理由がなかった。
原田は俺が、若菜をただの幼なじみだと思っていると思っているし、若菜の誕生日、10年前の約束を前倒しにしようとしたけど―――俺は若菜に「好き」なんて言ってない。
「好きだ」なんて簡単なひとことじゃ、俺の若菜への気持ちは表せない。
だけどそれを言わなければ……若菜は原田と付き合うかもしれない、と、頭をよぎった。
原田との通話を終えた後、家に帰ってシャワーを浴びるが、ぜんぜん気持ちはすっきりしない。
悶々としながらベッドに倒れ込み、考えた。
若菜を原田にとられたくないのが本音でも、俺は異動もあるし、スペックで原田に勝っているわけじゃない。
若菜を支えられるほどの男じゃないと思うと、何が何でも俺と結婚してほしいなんて、あいつに言えそうになかった。
だけどほかの男が若菜とどうにかなるのを、ただ見ているなんて、気が気じゃない。
いろいろと悩んだ末に、ある結論にたどり着いた。
火曜日、若菜と会った時に、10年前の約束を守りたいこと―――つまり若菜と結婚したいと思っていることを話そう。
だけど、俺はもうすこししたら○○県へ異動になり、若菜から離れてしまうことも伝える。
その上で、若菜に決めてもらおうと思った。
俺を選んでくれるのか、そうでないのか、わからない。
選んでくれても、俺が若菜を幸せにできるかもわからない。
でも、それしかない気がする。
不安を抱えて、若菜と会う約束をした火曜日。
朝起きると、若菜からメッセージが入っていた。
―――――――
定時で絶対あがるつもりだけど、仕事が終わったら連絡するね。
―――――――
「わかった」と返事をして、ベッドから体を起こすと、床に置かれた段ボールが目についた。
異動先へ持っていく荷物を詰めた段ボールは、この数個しかない。
実家の部屋はこのまま置いておいてもらえ、会社が家具家電付きの部屋を借りてくれたおかげで、荷物は必要最低限だった。
こんな段ボール数個だと、異動する実感は希薄なままだ。
短い息をついて、ベッドを抜ける。
今日は若菜と会うまでは、仕事の引継ぎをやろうと決めていた。
朝食兼昼食を食べると、服を着替えた。
いつも出勤に使っているのより、多少良く見えるものを選んで着ると、今夜のことを考えながら職場に向かった。
昼過ぎ、引き継ぎ作業をしていると、若菜からメッセージが届いた。
――――――
今お昼休み。
さっきお父さんから電話あって、原田くんがお父さんの仕事を助けたいって言ってくれてるって……。
原田くんの家、いろいろ事業してるし、お父さんはありがたいって言ってたんだけど、すごいびっくりした。
その話も今日会ったら聞いて
――――――
メッセージを見て胸がひきつった。
原田がおじさんにその話をしていることは聞いていた。
おじさんが遠慮して一度断ったことも、 原田がそう申し出たのは―――見かねたのは若菜が好きだからもあるということも、おじさんには伝えている。
おじさん、原田が若菜を好きだってことも伝えたんだろうか。
若菜、それを知ったんだろうか。
気になるし、どうなのか知りたくてたまらない。
でも……聞いたら……。
もし聞いてそうだったとしたら、俺はどうなる?
原田のほうが若菜の家の力になれるのはわかっていて、俺には異動があって……。
今日告白するつもりだったけど、もし原田が若菜を好きだと若菜が知っていたら、今「俺も好きだ」と伝えるのか?
若菜のメッセージを眺めたまま、数秒か、数分かわからない時間が流れた。
胸の鼓動が大きすぎて、汗もじんわりにじんでくる。
―――――
他になにか聞いた?
―――――
メッセージを送ると、すぐ「他って?」と返事がある。
言葉に詰まった。
それを俺のほうからは言えないし、あいつは察しがいい。
俺がこう聞いて、もしおじさんが原田が若菜を好きだということも伝えていれば、たぶんこんな返事じゃないだろう。
――――
いや、なんでもない。
わかった。また後で話聞くな
―――――
そう返事をして、若菜から「OK」のスタンプが押されるまでに大きなため息が漏れた。