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ロバートの顔は、征服欲と優越感で真っ赤に染まっている。
哀れな男。
彼は今、自分の意志で私を誘ったと思い込んでいる。
実際は、私が喉元に巻き付けた「操り糸」に、自ら首を絞められているだけだというのに。
(チョロいものね。男って、どうしてこうも自分の下半身に忠実なのかしら)
「き、きょうは泊まっていったらどうだ? 君の望むものは、何でも用意させよう」
必死に私を繋ぎ止めようと縋り付くその姿に、私の口元は密かに吊り上がった。
情けない。
薄っぺらい愛の言葉を耳元で転がしてやるだけで
これほど簡単に、知性も地位も投げ出してしまう。
男が自分に酔いしれ、理性を手放して平伏する瞬間の、あの無様な表情。
それは私にとって、どんな極上のヴィンテージワインよりも芳醇で、心躍る悦びだった。
だが、その陶酔の表情を扇で隠した瞬間
私の瞳からは一瞬で熱が引き、凍てつくような氷の冷徹さが戻る。
「ふふ、嬉しい。でも、このあとは予定がありますから……。お話の続きは、明日の夜にでも」
絡めた視線を、あえてゆっくりと、名残惜しそうに、けれど残酷に引き剥がす。
背後で、もはや私なしでは夜を越せないほどに「壊れた」男の、荒い吐息を感じながら。
(……けれど、こんなお遊戯も今日で終わり)
私は、有頂天になっている男の気配をゴミのように切り捨てた。
扇を広げ、氷のような微笑を貼り付けたまま、私は夜会の闇へと優雅に歩を進める。
さあ、次の舞台へ。
この退屈な日常を壊してくれる、本当の地獄へ。
◆◇◆◇
王都の華やかな喧騒を背に、私は石畳の階段を深く、深く降りていく。
辿り着いたのは、地下の澱んだ空気の中にひっそりと佇むバー『レテ』。
重厚な木製の扉を開ければ、安物の紙巻き煙草の煙と、長年染み付いた熟成した酒の香りが、ぬるい湿気を帯びて私を包み込んだ。
ここは、社交界という名の戦場で、計算され尽くした「毒婦」を演じる私を脱ぎ捨て
ただの「エカテリーナ」という空っぽの器に戻れる、数少ない掃き溜め。
カウンターの隅。琥珀色の液体を、死者のような無表情で見つめる男が一人。
アルベルト・ヴァン・クロムウェル。
自身の親族を次々と粛清し、その手にこびりついた血の臭いを消すことすら諦めた「狂犬公爵」。
そんな彼が、なぜこれほど場末の店に背を丸めているのか。
私は迷わず、彼の隣の席に腰を下ろした。
絹のドレスが立てる衣擦れの音が、静まり返った店内に不釣り合いに響く。
「マスター。この方に、一番高いラフロイグを。……ストレートで」
アルベルトが、錆びついた機械のような動作でゆっくりと首を巡らせた。
視線がぶつかる。
その瞳は、先ほどまで私が相手にしていた男たちが向けるような下卑た情欲や征服欲とは無縁だった。
そこにあるのは、すべてを焼き尽くした後の灰のような、底冷えする虚無。