「う、嘘だと言って」
私はその場で崩れ落ちた。
まだ、信じられない。自分がエトワールだったということ以上に、この目の前にいる私の最推しリース・グリューエンの中身が元彼だなんて。
「ひ、人違いじゃないでしょうか……」
「何を言う。お前は、天馬巡だろ?」
「……違う」
「二次元オタクで、高校時代教室の隅で発狂して職員室に連行された天馬巡だろ?」
「掘り起こさないでよ! 違うッ!」
私は、必死に否定した。
しかし、リースが口を開けば開くほど彼の中身が元彼だと言うことがあきらかになり私の頭は真っ白になっていった。
こんなことってある!? 召喚され、転生し……それだけでもあり得ない事なのに、さらにあり得ないのは最推しの中身が元彼だったこと。一ヶ月前に別れた元彼の朝霧遥輝だったこと!
私がそう、床に手をついて嘆いていると無情にも機械音と共に私の目の前にシステムウィンドウらしきものが現われた。
【偽りの聖女エトワール・ヴィアラッテアのストーリーが始まったよ。攻略キャラの好感度を上げよう!】
(うわ――――!? 何で今なの!? タイミング悪すぎない!? 悪意ある、絶対悪意ある!)
私は、心の中で叫んだ。
そうして、ウィンドウが消えると私の近くでまた似たような機械音が鳴り響く。恐る恐る顔を上げると、リースの頭上に高感度らしき数字が浮かんでいた。
このゲームのシステム上、攻略キャラの頭上には好感度が数値で表示されるのだ。
ゲームでは、これを非表示にも出来たので気になった場合はきっと此の世界でも消せるはず。と、私は一応リースの好感度をチェックすることにした。
「んぎゃあぁええッ!?」
思わず悲鳴を上げてしまった。
私の叫び声に驚いたリースは、ビクッと肩を震わせてから心配そうな顔つきでこちらを見た。
そして、彼は私の視線を辿ると自分の頭の上の方に目を向ける。彼には見えていないだろうが私にはリースの好感度がはっきりと見える。
それは、恐ろしい数値だった。
(好感度70%ってどういうことよ!?)
彼の頭上の好感度は確かに70という数字が表示されていた。ゼロが一個多いのではないかと何度も目を擦ったが、やはり70と表示されている。
(いや、おかしいでしょ! 好感度70%ってどういうこと!? ゲーム始まったばっかりだよ? 一番攻略難易度高いはずのリースが初期地点で70ってどういうこと!? それに、これハードモード! 私、悪女!)
私は、心の中だけでツッコミを入れた。
元彼補正って奴か……
「元彼補正って何よ!」
「どうした、いきなり声を上げて」
リースが不思議そうに首を傾げた。私は、ハッとして慌てて口を閉じる。
いけない、つい心の声が出てしまっていた。危ない、気をつけなければ。いや、既に手遅れかも知れないが。
私は、リースもといい元彼を見た。中身が元彼だと判明したが、やはりその姿は私の理想の皇子様リース・グリューエンその人なのだ。
くそぉ……何で、元彼がリースなのよ。いや、反対か。リースの中身が元彼なのよ。
「俺と再会できて嬉しいんだろ」
「なわけないでしょ。自惚れないで! というか、アンタとは終わったのよ」
「お前の好きなキャラだろ。喜べば良いじゃないか」
リースは、さも当たり前のように言った。
キラキラとパーティクルが周りに飛ぶような笑顔を私に向けリースは微笑んでいた。
――――違う、だからそうじゃない。
「解釈違いなのよ! そんな風に笑わないで!」
「何故だ? お前の好きなキャラ……」
「違うのよ! 今アンタが言ってるのは、推しキャラのコスプレをしてるコスプレイヤー本人も好きになるかってこと。なるわけないじゃない! 好きなのはあくまでキャラでコスプレイヤーじゃないの!」
私がギャンギャン叫び散らすと、リースは両手で耳を塞いでうるさいと言うように顔をしかめた。
「兎に角、アンタはリースであってリースじゃない! ってこと」
「いや、どう考えてもリース・グリューエンだろ。ラスター帝国の皇太子にして第一皇子」
「中身が違うって言ってるのよ! 耳腐ってんの!?」
私は、イラッときて怒鳴った。それでも尚、理解できないというように小首を傾げるリース中身元彼。
すると、彼の頭上の好感度がピコンという音共に1上昇した。
(今の会話の何処に好感度上がる要素あったっていうのよ――――!?)
私は、もう既に泣きたい気持ちで一杯になった。これって、完全にリースルートに入っちゃってるよね。
何てこったい。
そして、またあの機械音が鳴り響き、目の前にシステムウィンドウが現われる。
【リース・グリューエンの好感度が70%を越えたよ】
(だ――――ッ! 初めから越えてるっつぅの……)
私は消えたウィンドウを呪う勢いで睨み付け、その後大きなため息をついた。
「やはり、召喚で疲れているんだな」
「アンタと喋って疲れてるのよ」
そう言うと、彼は少しだけ寂しげに眉を下げた。
幸い好感度は上がりも下がりもしなかったが、これ以上上がったら困ると私は彼と極力会話をしないようにした。
付合ってた当初から訳の分からない男だったから……彼は。
「……それで、何でアンタがここにいるわけ?あ、因みに私はいつも通り召喚聖女をプレイしててうっかりエトワールルートをタップしちゃってこうなっちゃった訳だけど」
「俺も、召喚聖女ラブラブ物語をプレイしようと思ったらこの様だ」
そう、サラッとリースは答えた。
あのリースから『召喚聖女ラブラブ物語』何て単語が聞こえてきて私は頭が痛くなった。リースが、あのリースがラブラブとか言ってるよ! 本来なら絶対言わないのに!
リースは、相変わらずキラキラした笑顔を私に向けてくる。やめて、その笑顔が眩しいの。
「……へ、へえ。アンタも……というか、アンタあのゲームに興味あったっけ?」
私達は、お互いがお互いに顔を見合わせた。
どうやら同じゲームをしていて、私はエトワール、彼はリースに転生憑依してしまったようだ。
というか、ほんと何で彼が召喚聖女をやっているのか不思議でたまらない。
そう私が疑問に思っていると、私の心中を察した彼が口を開いた。
「お前が好きなゲームだったから……プレイしたらお前のこと分かると思って」
「え……」
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