第21話「深層試験に行けなかった日」
登場属性:潮属性(不登校気味の生徒)
キーワード:深層試験/欠席/繋がれない共鳴
潮属性の生徒、スナハマ=イリスは深層試験に姿を見せなかった。
試験当日、他の生徒たちは水深ゼロホールへ集合し、装備の最終調整をしていたが、
イリスの席だけがぽっかり空いていた。
彼女は長い紺灰色の髪をひとつに束ね、制服の袖口には潮痕(しおあと)模様のワッペンを縫い付けている。
肌はやや白っぽく、感情が揺れると頬に波のような斑が浮かぶのが特徴だ。
普段から声は小さく、教室でもあまり話さない。
深層試験を「受けるのが当然」という空気に、息苦しさを感じていた。
その日、彼女は校舎の一角、誰も来ない水草水槽の前に座り込んでいた。
水槽の中では、淡い緑の水草がふわふわと漂っている。
掃除道具を抱えて通りかかったシオ=コショー先生が立ち止まる。
「……行かないのか?」
声は優しく、でも揺れていた。
イリスは答えない。代わりに、水槽の反射に映る自分を指さす。
「これが“深層”だったら、よかったのに」
深層試験は、感情の海に潜る実践訓練。
ソルソと共鳴し、自分の“核”を探る、潮属性の通過儀礼。
だがイリスは、共鳴が浅い。
感情の波が広がらず、いつも途中で“変質”が止まってしまう。
「ちゃんと潜れないと、“潮”じゃない気がするんだ」
小さく、イリスがつぶやく。
シオ先生は水草の間に手を入れ、小さな巻貝を取り出した。
「ホタテじゃないけどな。こいつも、深いとこからは上がってこれねぇ。
でも、上がれなくても、ずっとそこにいりゃ、ちゃんと“場”を作るんだ」
水槽の中で、波がゆらぎ、光が揺れる。
イリスの表情が、わずかにほころんだ。
「……今日、行かなかったこと、書いてもいい?」
「波域手帳か?」
「ううん、水槽日誌。ちょっと借りていい?」
彼女は水槽の管理記録帳をめくり、空いていたページに静かに書いた。
> 『今日、深くまでは潜れなかったけど、
“水の中にいた”ことは、たぶん間違いじゃない。』