テラーノベル
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矢嶋は私の行く手を阻むように立ち塞がった。
「待ってくれ。からかってなんかない。これまでのことは、本当に悪かったと思ってる。反省してるんだ。お前を目の前にすると、嬉しいと思っているのに素直になれなかった。それに、お前たちの学年連中って仲がいいだろ。そういう関係じゃないことが分かっていても、市川だとか、他の奴らとべたべた肩組んだりしてるのを見る度に、嫌な気分になってた。どうしてそんな風に気安く触れさせてるんだ、って腹が立って、お前のことをいじめたくなってた」
「なんですか、それ……」
混乱しながら私は矢嶋を見つめた。
彼は私の視線を受けて、恥ずかしそうに自嘲気味に笑う。
「小学生レベルのヤキモチだってことは、自分でも分かってる。でも、そんな態度しか取れなかった。ごめん。ほんとに悪かった。でも、分かってくれ。それは全部、お前を好きだからこその反応だったんだよ」
「そんなこと……」
私は彼から目をそらし、足下を見た。彼を苦手に思う前のあの頃ではなく、どうして今ごろになって、と恨めしい気持ちになる。
「ずっと嫌われているって思っていたから、矢嶋さんのことを、急にそんな風には思えません」
「分かってる。だから俺と付き合ってみてほしい。お前は今、フリーのはずだよな。絶対に意識させてみせるから」
「そんなの、困ります……」
「付き合ってはいなくても、気になってる男、いるのか?」
いないと答えるより先に、目の前の男の顔が脳裏にぱっと浮かんだ。私は頬を熱くしながら口を閉ざす。
矢嶋は、それ以上私に答えを求めるつもりはないようだった。
「まぁ、いい。仮にお前に気になる男がいたとしても、関係ないからな」
前髪の辺りを矢嶋の息が柔らかく揺らした。
はっとして顔を上げたそこに、矢嶋の顔が迫ってきていた。まさかキスしようとでもしているのかと、私はぎゅっと目を瞑った。しかし、彼が顔を寄せたのは私の耳元だった。
「俺と付き合って」
「っ……」
響きある声の上にさらに艶を乗せて囁かれて、私はくらりとめまいを起こしそうになった。苦手なはずの人なのに、どうしてあの夜も、あの時も、今も、どきどきしてしまうのかと、自分に問いかけながら、私は彼から顔を背けた。
「離れてください」
「夏貴が頷いてくれたら離れてやるよ」
彼の甘い声に、苦しいほどに鼓動が騒ぎ出してうるさい。
「う、頷きません」
「夏貴、好きだよ」
言葉と共に生まれた彼の吐息が首筋にふわりとかかり、私の口からは意に反した声がもれる。
「あっ……」
変な声が出てしまったことを恥じて、私は慌てて両手で口を塞いだ。
けれど、矢嶋はますます顔を近づけて、熱をはらんだ声で囁く。
「夏貴、好きだ。俺の彼女になれよ」
これ以上、耳元でこんな声を聞かされ続けたら、気が変になってしまう。私は精一杯の力を腕に込めて、彼の体を押しやる。
「お願い。離れて……」
「仕方ないな」
矢嶋はくすりと笑い、満足そうな顔で私をようやく解放した。
「今日はこれくらいで勘弁してやる。本当は、こんな形で気持ちを伝えるつもりはなかったんだ。だけど、これで少しは俺のことを意識するようにはなるだろ。それから、いいか。他の男に気安く触らせるんじゃないぞ。分かったな」
体から力が抜けかけている。その背を壁で支えながら、私は彼を睨みつけた。
「私、矢嶋さんの彼女になんて、なるつもりないですから」
私に睨まれているというのに、矢嶋はくくっと愉快そうに笑う。
「まぁ、頑張って。でも、すぐに堕としてやるから覚悟しておけよ。来週もよろしくな。あぁ、それから」
不意に言葉を切り、矢嶋はいきなり私の額にキスを落とした。
「なっ……!」
絶句している私に彼は優しい眼差しを向ける。
「俺とお前、二人きりの時は、今度から『夏貴』って呼ぶからな」
言葉を失いぱくぱくと口を動かす私をそこに残し、彼は颯爽とドアの向こうへ姿を消した。
ずるりと背中が壁を滑り、私は床に尻もちをつく。胸はどきどきと落ち着きを失くし、顔は火を吹くかと思えるほど熱い。
「なんでよ。なんでなのよ……」
彼の囁きが甦る。いつまでも耳の奥に残る甘い余韻に、私の胸はかき乱された。
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