私は、レイ君がよく散歩をする川まで走っていた。「レイ君!」私は前を歩いていた彼に声をかけた。「・・・なに?」レイ君の声は疲れきっていて、冷たかった。少し驚いたが、ちゃんと自分のした事を謝ろうと思った。
「ごめんね。キミがこの前落としたリボン、実はずっと私が持ってたんだ・・・すぐに返そうと思ったのだけど・・・親に見つかっちゃったらキミが傷つくかも、とか考えちゃって、返す気になれなかったんだ。本当にごめん。」私はそう謝って、リボンを返した。すると彼は、「あはは、なーんだ。そんな事か〜・・・大丈夫だよ〜。」と、笑顔で、でもなんだか冷たい目をして言ってきた。「えーっと・・・怒ってる・・・よね。」当然だ。理由はあれど、私は彼から物を奪ったようなものだ。
私は次にかける言葉が見つからなかった。だけど、頑張って口を開けようとした。その時・・・
「ちょっと!レイ!こんな時間まで何してんの!?暗くなる前に帰ってきなさいって言ったでしょ!」と、レイ君の母親が怒りながら近づいてくる。そしてレイ君の持っているリボンを見るなり、「アンタまたそんな女の子っぽいもの持ってんの!?男は男らしいもの持ってなさい!私はアンタをそんなふうに育てた覚えは無いよ!」と言い、リボンを奪う。そして、川に向かって投げた。レイ君の目には、涙が浮かんでいた。・・・それを見て、私は考えた。(私に何ができる?さっきレイ君を困らせて、さらに親にリボンを捨てられて。私が何か干渉して、もし事態が悪化したら・・・)・・・そう考えている間に、私の口は動いていた。「あ、あの。さっき投げたリボン、レイ君が大切にしている物なんです。返して、あげてくれません・・・かね?」「何?アナタには関係ない事でしょう?他人の家の事情に口出ししないでくれないかな?」と、睨まれてしまった。私の口が震えているのを感じる。だけど、ここで引く訳にはいかなかった。「確かに私とレイ君は家族ではありません。ですが、レイ君は、友達のいない私に嫌な顔ひとつせずに話しかけてくれました。私の親友になってくれました。・・・とっても、大切な人なんです。」震えた声で、でもはっきり言う私にレイ君の母は、「アナタにはわからないだろうけどね、私はお母さんとして、レイを正しい道へ導いてあげないといけないの。レイは男として生まれたんだから、男らしい事をしないとダメなの。わかる?」と、私に近づきながら言う。「じゃあ貴方は、自分の子供の個性や考え方に向き合った事はありますか?レイ君がどうして可愛い物が好きなのか、話し方が他人から見て変な理由とか考えた事ありますか?確かに私は家族じゃないからわからないことも沢山あります。でも、わかってあげられなくても、向き合ってあげる必要はあると思います。」「さっきから言ってるでしょ。家族でも無い、家庭の事情もわからない人が口出しなんて―――」そうレイ君の母が言った時、私は母親の胸ぐらを掴んでいた。「さっきから他人だの家族じゃないから口出しをするなだの・・・!アンタ達は普段のレイ君が大切にしている物も『変だ』と思ったらすぐ捨てるくせに!『正しい道へ導く』?この広い世界の中で変わった思想を持った人ってのはいくらでもいる!それを一概に『正しくない』って判断するのは違うだろ!『男として生まれたから男らしい事をしないといけない』なんてルールは無いだろ!大切な家族の事を考えずに固定概念や自分の主観ばかり押し付けてないで少しは周りを見ろよ・・・!」私は、涙を流しながら伝えた。こんな事を言ったら、レイ君と一緒に遊ぶ事を禁止されるかもしれない。だけど、それでも親友として、黙っていられなかった。・・・レイ君は、そんな私の肩をポンっと軽く叩き、こう言った。「・・・確かに、ママの言う通りだったかも。ボクは男だもんね。ごめんね、ママ。ムギちゃんも、ごめんね。」母親は「夕飯できてるから、さっさと帰ってきなさい。」とだけ言い、その場を去った。
ーーー次の日、私とレイ君は公園に来ていた。2人でブランコをこいだ。
「ごめんね・・・レイ君・・・昨日、止まらなくなっちゃって・・・暴走しちゃった・・・」
「良いんだ。むしろ、ありがとね。色々考える時間ができたよ。ボクもママも、ね。」
「・・・そっか。」
沈黙が続いた。聞こえるのは、ブランコの音だけ。レイ君の話し方から、心が弱っている事は明らかにわかった。リボンは川に流され、遠くへ行ってしまった。私は、ただブランコをこぎつつ、彼の親が考え直してくれる事を祈る事しかできなかった。
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