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訓練場(といっても、待ち合わせ場所であり、あの林の中なのだが)に着くと、そこには既にグランツが来ており、木剣を持って素振りをしていた。
私は、その姿に見惚れてしまう。
汗を流しながら真剣に剣を振る姿は美しく、それでいて勇ましさを感じる。
実際彼の剣を振る姿を間近で見るのは初めてなため、私はつい見入ってしまう。
(本当にカッコいいんだよねぇ……)
この間、手の甲にキスをされたことを思い出し、私は一人顔を赤らめブンブンと首を横に振って気持ちを落ち着かせた。
しかし、グランツを見ると、胸の鼓動が早くなる。
これは、恋ではないことを分かっているし違うと思っているので、ただイケメンを見て女性の本能が働いているだけだと無理のある理由を付け私はグランツを見た。
そりゃ、誰だって格好いい人見たら心臓がはねるだろうし。
それも、乙女ゲームの攻略キャラだから……
ゲームの中では、あまり描写されなかったが彼はかなり強いらしい。聖女の護衛を務めるようになる、それに攻略対象であるが故の特権というか補正というか……
「遅かったですね、エトワール様」
「ひっ!」
急に声をかけられ、私は声にならない悲鳴を上げる。
振り返るとそこにはいつの間にかグランツがおり、私は肩を震わせる。
あれ、確かさっきまで前の方にいた気がしたんだけど……もしや、残像!?
そう思い、私があたふたしていると、グランツは私の目の前に来て話しかけてきた。
「どうしたんですか? そんな、驚いた顔して」
「えーと……あはは、何でもないよ」
私は、乾いた笑いを浮かべて誤魔化す。
本当は、今更だけどグランツが近くに来たことに驚いているだけなのだけどね。
そんな私にグランツは首を傾げていたが、特に気にしていないようで、5分の遅刻ですといってため息をついた。
あれからそんなに時間が経っていたのかと、私は唖然としているとグランツは空虚な翡翠の瞳で私を見てもう一度ため息をついた。
確かに、遅れてきた私に非はあるし教えて貰う立場なのだからグランツよりも先にいって待っているというのが普通なのだろう。けれど、一応私は騎士に守られる立場で主従関係で言えば主に当たる方で……
そこまで考えて馬鹿馬鹿しくなりやめた。
自分が、守られる立場だとか主人だとかどうでもイイ。そういう、階級的なこととかこうでなくてはならない……みたいなのは昔から苦手なのである。
確かに……主従関係みたいな絶対裏切らない絶対に守ってくれる存在が欲しくないわけでもない。何も言わず、ただ信じてくれるみたいな……でも、それは支配のようなもの。
「遅れてごめん……なさい」
私が頭を下げると、グランツは何も答えなかった。
沈黙が続き、気まずい空気が流れる。
その沈黙を破ったのは意外にもグランツだった。
「頭を上げてください。俺は、貴方に頭を下げさせるほどの身分ではないので」
グランツの言葉を聞き、私は恐る恐る顔を上げるとグランツは困ったような表情で私を見つめていた。
「でも、遅れた私が悪くて……」
「ブリリアント侯爵と魔法の特訓をしていたのは知っています。それに、エトワール様にとっては、そちらの方が大事かと」
そう言って、グランツは目を伏せた。
何故、グランツがブライトとの特訓のことを知っているのかは分からなかったが、そのことを知って少し意地悪したのだろうか。
身分というものはやはり越えられない壁なのだろう。
だから、安易に私が頭を下げることも謝罪することも、もしかしたらいい気持ちにならない……いいや、自分の身が危ないとも思っているのだろう。
私は、グランツの考えがなんとなく分かったがあえて気づかぬふりをして彼に謝り続けた。
「何で……何で、謝るんですか」
「時間に遅れたから」
「……もう、いいです」
「身分のこと気にしているなら、私は別にいいから」
「……」
グランツは黙ってしまった。
これ以上は逆効果だと判断した私は、話題を変えることにした。
私は木剣を手に取り、グランツに尋ねる。
「時間を無駄にしちゃったから、早速やろう! 私はいつでも大丈夫!」
「……エトワール様」
「何?」
私が元気よく言うと、グランツに呼び止められたので私は振り返る。
グランツは、何か言いたいことがあるのか口を開いたがすぐに閉じてしまった。
そして、暫くして諦めたように首を振りながらため息をついた。
「そうですね、時間は有限なので」
グランツはそう言った後、私に木剣を渡してきた。
それを受け取って、グランツを見る。
グランツは無言で私を見ていた。私を見ていた……といよりかは、私の握っている木剣を見ていたのだが。
「どうしたの?」
「いえ……、重くないですか?」
「木剣のこと?」
私は手に持っている木剣を軽く振ってみる。
確かに、見た目以上に重いのだが振れないわけでもない。
そう思って、グランツを見ると彼は不思議そうな顔をしていた。
グランツの表情はどこか幼く見えた。
多分、この人は今目の前にいる私を見ているのではなく、記憶の中の誰かを見ているんだと思う。
それが、誰なのかなんて分からないけど……
「……エトワール様が振りやすいように、軽い素材で作った木剣を用意したのですが、それでも女性が持つには少々重いかと思いまして。心配いらないようですね」
グランツはそう言って、少し安心したかのような表情を見せた。
彼は、あまり表情が動かないというか感情が読み取れないような表情をしている為、彼の考えていることがいまいち理解出来ない。
だけど、そんな彼でもこうして時折見せる顔はとても人間らしく感じるのだ。
だから、私はつい彼をじっと見てしまう。
好感度が上がりやすいキャラとして有名だが、実際会ってみると全く感情が詠めないのだ。だが、本当に上がりやすいのは確かである。
(24……か、まずまずかな……)
ちらりと、彼の好感度を見ると前よりか少し上がっていた。特にこれと言ったことはしていないのだが、少し嬉しい。
まあ、リースの79には劣るけどそれでもそれ以外の攻略キャラの中では一番だ。次はブライトだが……
まだ、残りの攻略キャラ……一人は、出会ったがあげるというより下げてしまったし、残りの二人も好感度を上げられる自信がない。アルベドにかんしてはもう関わりたくないとも思っている。
となると、必然的にグランツかブライトに的を絞った方がいいのではないかと私は考えた。
でも――――……
(リースのこと……本当はまだ、悩んでいるんだよな……)
頭にふと浮かんだリースの顔、そしてそれと重なるように浮かぶ遥輝の顔。
彼が、チケットを破ったとはいえ、彼を傷つけ失言を吐いたのは私である。
その事実を思い出す度に、心が痛む。ちゃんと話がしたいと……でも、顔を合わせたらきっとまた思ってもないこと言って傷つけてしまう。それに、もうリースは私のことどうとも思っていないかも知れない。
あんな別れかたしちゃって……
「エトワール様……?」
「あ、ごめん……ちょっと、考え事を! さぁーてっ! 特訓しなきゃ! 時間は有限だもんね!」
グランツに声をかけられて、私は慌てて返事をした。
余計なことを考えていたら、他の攻略キャラの好感度が下がってしまうかも知れない。
そう思い、私は無理矢理笑顔を作って木剣を構えた。しかし、幾ら待ってもグランツからの返事はない。
私は気になり振向こうとすると、グランツは私が口を開くより先に言葉を吐く。
「今日の練習はやめましょう」