『こそばゆいついでに、今からデートにでも行ってみませんか?』
そう言って、最寄りの村であるカバールに到着した一行だったのだが——
「うん、これ以上は無理ですね!」
「だな」
リアンと焔が、商店街の一角に置かれていたベンチに腰掛け、顔を見合わせてそう言った。 彼らの手にはローストビーフの挟まったサンドイッチを持っていて、何口か齧った跡がある。それらは今さっき酒場で買ってきた物で、少しでもデート感を演出しようとテイクアウトで注文した物だ。
『あはははは』
ところで何が無理なのですか?とは訊かず、楽しそうに笑い合う二人を見て、この行動がデートである事を知らないソフィアも一緒になって笑い声をあげる。ピクトグラム並みにシンプルな線だけで描かれた表紙の顔っぽいものは無表情のままで動いておらず、声や感情に合わせて変化するタイプでは無いせいで少し不気味だ。
「『村』だとは聞いていたので多少の覚悟はしていましたが、まさかここまでとは……」
デートとして見て回って楽しいと思える施設が、見事なまでに何も無い。収穫祭などのイベントシーズンでも無いせいで小さなサーカスや行商人達も来ていないし、当然劇場だってなければ、見世物小屋すらも小さな村にはあるはずがなかった。
せめて何か買ってプレゼントでもしてやれないかとリアンは思ったのだが、装備品の店に行っても『は?召喚士レベル99⁉︎いやいや、ウチで扱っている品じゃ全然必要無いだろ!』と断られ、武器屋に行っても同じ扱いをされてしまった。装飾品の店ですらも似た様な目に遭い、結局物が買えたのは家具屋に売っていた何を描いたのかすらよくわからない近代絵画的意味不明な絵と陶器の花瓶だけだった。
「逆に、低レベルの品は不用だろうからやめておけと言ってもらえるなんて、この村の人間達は随分と良心的だな。結局買えたのは家具屋での数点と、サンドイッチくらいなんだから」
「すみません……。宝石の一つでも贈りたい心境ではあるのですが、よくよく考えると私……召喚された身なので金銭の類を全く持っていなかった事を完全に失念してもいました」
『個人』から贈りたいからと慌てて持ち物を換金してリアンはお金を工面したが、宝石の類はほとんど焔の着ている衣装やブレスレッドに使ってしまったので他にはろくな物を持っておらず、所持金的に素敵なプレゼントを買ってあげられなかった自分が情けなくて仕方がない。ピアスを外して売る事も考えたのだが、それは二人止められて止む無く断念した。
「何か欲しい物があったのなら代金くらいソフィアが持っている分から出したのに。あの所持金はパーティーでの共有財産だろう?」
『そうですよ。無理せずともよろしかったのに』
ふわりと浮かんでいるソフィアも焔に同意する。
「いいえ。他の買い物でしたら『それもそうですね』と答えるところですが、こればっかりは。このままじゃ、当初の目的を達成するにも程遠いですし……」と言い、リアンは深い溜息を吐いた。
きちんとエスコートしてみせたかった身としてはデートの費用を焔に出させるのは気が引ける。『昔の自分ならばもっとスマートにエスコート出来たのに』と思った所で、『……あれ?そういやそもそも俺は、デートの経験なんか一度も無いじゃないか』という事を思い出し、恋愛的経験値の低さを痛感してリアンが額を片手で覆った。
(い、いやいやいや!この場合はまともな施設が無い村の方に問題があるだろ。此処が大きな街だったならば、劇場にでも誘って、お洒落な店で食事をして、アクセサリーを相手に贈り、夜には宿屋でくんずほぐれつ……ってな流れでデートは問題無かったはずだ!)
実地経験は無くても映画やドラマなどで得た知識で何とか出来た自信が無駄にあり、ちょっと八当り気味にリアンは思った。
「いいじゃないか、別に。コレってのはえっと……アレだ、ようはお互いが一緒に出かけて楽しめればそれでいいんだろう?俺は現状で充分楽しいぞ。店の人間共が阿保みたいに驚く顔も見られたし、サンドイッチのローストビーフも美味いしな。こうやって夜空を見上げれば、見事な月や星もある。最高じゃないか」
ソフィアも一緒に居る手前、デートという単語をぼかしながら焔が夜空を見上げる。澄んだ空気のおかげか漆黒の空に浮かぶ半月が見事なまでに美しい。雲が無く、月明かりが眩し過ぎて星が見えないのが少し残念だ。
『夜の公園デート』ってのは、きっとこんな感じなのだろうなと焔は思った。
「せめて贈り物だけでもちゃんとしたかったのですが……」
手に持つサンドイッチをじっと見て、こんな物しか買えなかった自分にリアンが追い討ちをかける。
「俺は、そこいらの小川で釣ってきた魚だろうが、もぎ取ってきた野菊だろうが、相手の心がこもっていれば何だって嬉しいぞ」
焔はそう言って、落ち込み気味なままのリアンの背を軽くぽんぽんっと叩いた。
「もぎ取るって……そこは『摘んで来た』ですよ」
「あぁ、そうだったな」
クスクスと笑う二人の様子を側で見ていたソフィアが、何となく二人の間に漂う甘い空気を嗅ぎ取った。確信は無いが、どうにも自分が邪魔者である気がしてならない。見た目通りを貫いて、じっと黙っていれば洋書のフリも出来るが、そんな事を今更この二人の前でしても無意味なので、さてどうしたものかとソフィアは思案した。
(うん。これは、ワタクシは別行動をした方が良さそうですね)
カバール村の中ではもう欲しい物は無い。不用品や持ち歩いていた過剰在庫品の売買も店を数店回った時点で完了しているし、ここは所持金を全て二人に渡して、自分はまた周囲の森や川でアイテム採取でもして来ようとソフィアが心の中で勝手に決めた。
『主人、主人』
「ん?どうした」
『ワタクシ、ここからは別行動を取ってもよろしいでしょうか?』
「構わないが、何かあったのか?」
このまま一緒に居たら二人の邪魔になって馬にでも蹴られてしまいそうだ、とは言わず、『ワタクシはリアン様のおかげで今日は全く疲れておりませんし、また森でアイテム採取をして来ようかと思いまして』とだけ告げる。
『リアン様、今こちらにある所持金をそちらに譲渡しますので、そちらのステータス確認の画面を開いてもらってもいいですか?』
浮いたまま洋書の体を開き、ソフィアがリアンの前に移動していく。
「はい」と頷きながらリアンは答え、黒をベースとしたステータス画面を空中にスッと表示させた。
「ほぉ。こういった画面の色はそれぞれで色が違うんだな」
内容を覗きはせず、横目でちらっとだけ見て焔がそう言った。
「そうです。十人十色という程ではありませんが、本人の傾向性や種族によって変化します。私は魔……——召喚魔なので、黒ベースの画面が現れる仕組みです」
危なかった。危うく『魔王』と自分でバラす所だった事に焦り、リアンの背中に冷や汗がツツッと伝う。こんな馬鹿な身バレをせずに済み、同時に安堵もした。
『——完了です。これで、今夜の宿代は問題無いですね』
パーティーメンバー同士での所持金の譲渡が完了し、ソフィアが体をパタンッと閉じる。
「ん?今夜はログハウスに戻らないのか?」
「私は最初からこの村に泊まるつもりでおりました」
『ワタクシも、てっきりそのつもりだと思っておりました。今から拠点へ戻るにしても時間が遅いですし、変化の術などでリアン様はお疲れでしょうから、魔力の回復をした方がいいのではないかと』
「……」
ソフィアの一言のせいで焔がスンッとした顔で黙り、リアンがゴホッと咳払いをして視線を横に逸らす。そんな二人の様子を不思議に思ったが、ソフィアはやっぱり問い詰める事はしなかった。
『なので、えっと……明日の九時頃にまた此処で待ち合わせでいかがでしょうか?』
「はい。そういたしましょう、ソフィアさん」
返事をしたリアンはやけに嬉しそうで、狐っぽい尻尾がパタンパタンと揺れている。何を思っての事なのか焔にだけはバレバレだ。
『では行って来ます。今夜もゆっくりとお休み下さいませ』
礼をするみたいに体を倒し、ソフィアがふわりと浮かんで森の方へ飛んで行く。そんな彼の姿を二人が見送ると、「——さて!」と言いながらリアンが眩しい笑顔を焔に向けた。
「宿屋に行きましょうか、焔様!」
断る!と反射的に言いたい気持ちを焔が必死に堪える。彼の口元はへの字に曲がっていて、眉間には海峡よりも深いと感じさせる程のシワができた。 リアンはそんな表情から焔の心境を察しつつもスルーしようと決意する。一刻も早く触れたい気持ちと盛大に使い過ぎた魔力の回復をしたい思いとで脳内がいっぱいだ。
「……ほどほどに、な?」
「うーん……保証は出来ませんけども、努力はいたします」
不自然な笑顔を向けられ、『コレは今夜も無理そうだ』と焔が察っした。
移動する前にまずは——と、持ったままになっていたサンドイッチを全て食べ、二人がベンチから立ち上がった。リアン的には手でも繋いで宿屋まで向かいたい心境なのだが、焔はスタスタと先に先にと行ってしまう。
「焔様、お待ち下さい」
「ん?どうした」
「これは『デート』ですから、手を繋いで行きましょう」
「……そういうもの、なのか?」と言い、振り返りながら焔が首を軽く傾げる。
「はい。交際を開始したばかりの二人が必ず通る道、ですよ」
「ほぉ、そうなのか」
(じゃあ、やるしかないな)
先を歩いていた焔がリアンの方へ手を差し出す。先程、村に入る時に彼がした行為の逆パターンだ。
だが、背後にはリアンの時の様な月明かりがある訳でも無く、少し離れた酒場から漂う肉の香りや酒の臭いが鼻腔を刺激するばかりでいまいち格好がつかない。店内で酒盛りしている者達の騒ぎ声もやたらと煩いのだが——
「ほ、焔様……」
立たせる為などの一瞬ではなく、焔の方から繋ぐ為に手を差し出されたという事実が、盛り上がりに欠けるシチュエーションである事を補っても余りある状態まで気持ちを昂らせる。リアンの胸は恋に目覚めたばかりの乙女の様に高鳴り、ゆっくりと差し出した手は少し震えていた。
「行くぞ、リアン」
「はいっ!」
二人が手を繋いだ瞬間——
やっと『コレなら恋人っぽいね』とこの世界が認めた様で、また一つ良好なエンディングへ向かうフラグを焔は回収出来たのだった。
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