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僕が与田さんを突き飛ばした事件から1週間が経過したけれど、僕たちの間には変化が生じていた。まず、公園に待ち合わせして登下校することが無くなった。以前に連絡先を交換したものの、僕たちのチャットはぱたりと進まなくなった。以上のことから言えることは、一挙に近藤と与田の距離が開いてしまったこと。物理的にも、物質的にも。
一体なぜだか考えてみても、僕には突き飛ばし事件で与田さんに嫌われたという大きな心当たりがある。果たしてあの時見た予知夢はここで叶えられてしまうのだろうか?夢のように嫌われると覚悟はしているものの、実際に目の当たりにしてしまうと僕は立ち直れないかもしれない。それほどまでに、僕は彼女に…。
「考えたって無駄だなあ。」
教室で1人ごちる。放課後になれば生徒たちは慌ただしく準備を始める。部活用の練習着を片手に着替えに行く者、ゲーム機を取り出して友と集まる者、青々しい気持ちを隠して、意中の異性と共にそそくさと帰る準備を始める者。でも、よく考えてみよう。僕は元に戻っただけだ。いつもどおり1人に戻っただけだ。うん、やはり寂しい。人っていうのは強欲なもので、1を手に入れると2を欲してしまう。僕もそうだ。
夢の時もこんな時分だった。僕も大分参っちゃってるなあ。ぼちぼち帰ろうかな。今日はいつもどおりじゃなくて、気分を変えて本でも読んでみようか。それとも勉強でもするか。いずれにせよ、今は莫大な不安を背負わずに居たい。
無意識にスマホの画面の時間を見ては、ロックし、見ては、ロックし、を繰り返していた。なぜだか今は帰る気にならない。一体なぜ?答えはチャットに出てきた。
「今から、校舎裏に来ていただけますか?か…。」
与田さんからの何日ぶりかのチャットだった。僕もついに絞首台に上がるときが来たみたいだ 。首に縄を括られる前に、腹を括ろう。
「御足労いただいてありがとうございます。先輩。」
「いいんだよ。」
校舎裏まで来てみたものの、僕は若干の違和感を覚えている。夢のときとはここに来る順番が違うのだ。僕が先に到着して彼女があとから合流するはずだったが、僕が着いたときには既に彼女が待っていた。
「初めて会った夜のこと、覚えていますか?」
「うん、アイスをあげたよね。あれ、実は姉さんの分だったんだ。あとでこってり絞られたよ。」
「あはははは。そうだったんですね!それはなんだか申し訳ないですけど、私はあのアイスの味が忘れられませんでした。
思えば、あの時から近藤さんは近藤さんでした。ずっと私に優しかった。変な優しさでした。でも、その変な優しさに、私は救われてばかりでした。普通の人ではできないような、とっても妙で、とっても変で、それでいてとってもあったかい。」
「えっと…褒められてる?」
校舎裏は四六時中影だ。とても冷える。だから道端に生えている草も、形が不揃いだ。
「もちろんですよ!ありのままの私が思ったことを言いたいんです。」
「思い出話をするためにここへ?」
「いえ。違います。近藤さんは相変わずいけずです。」
ではなぜ?
「ロマンチックに言うならですね。…私と一緒に、あのアイスのようにあまーいひとときをずっと過ごしませんか?」
なぜだろうか。僕が想像していた言葉と全く違う。夢の内容とかけ離れてる。顎に手を当ててしばらく考えていると、与田さんはちょっと涙目になってきてまた言葉を発した。
「ちょ、ちょっと真剣に悩みすぎですって。恥ずかしいじゃないですか!」
「うん。」
「ま、回りくどくしすぎましたか…?」
「いや、これから寒くなる時にアイスなんて、凍え死んでしまうな。と。」
「それ、普通あなたが言います!?」
冗談だ。でもこの瞬間はまるで夢のようだ。
「ドキッとさせられたから、これはそのお返しだ。
僕も、真冬にアイスを食べるなら与田さんとがいい。与田さんじゃなきゃダメだ。」
「…!ということは!」
「うん、僕も与田さんのことが好きだ。知らぬ間に僕は与田さんのことをずっと考えるようになっていたんだ。」
両腕でガッツポーズをする与田さんは可愛らしい。剣道なら一発で失格だ。卓球なら警告を食らうくらいの大ぶりなジェスチャーだ。
両思いだったことはこれ以上ない喜びだけど、あの予知夢は予知夢ではなかったのだろうか?僕のカンは鈍ってしまったのだろうか?
「じゃあじゃあ、近藤さんのこと名前呼んでもいいですか?啓示くんって呼んでもいいですか?」
「僕も一花って呼ばせてほしい。」
「啓示くん、啓示くん…」
「一花。」
ドキドキする。呼ばれる度に胸から背骨を甘い刺激が駆け上る気がして、心拍数をあげてくる。呼ぶ度に脳から胸に甘い刺激が駆け下りる。永久機関みたいだ。そのぐらいこの関係が続けばいいなと、僕は切に願った。